「キャッチとかじゃない」お兄さんに声を掛けられた話

数年前、夜の新宿紀伊國屋前を歩いていた時のこと。見知らぬ眼鏡のお兄さんに行手を阻まれ、声を掛けられた。

「すみません。僕、キャッチとかじゃないんですけど」

外見は至って普通。顔も普通。なんならちょっとかっこいいのかもしれない。スカウトの類にしては地味な服装。何だろう。

「15分だけでいいので、僕が一人でしてるところを見てくれませんか?」

予想外だったのでちょっと笑った。既に遅刻している飲み会へ向かう途中で急いでいたのだが、笑ってしまった。

「すみません、ちょっと時間無いので」

「あったらいいんですか?!」

食い下がり方に笑う。確かにこれは私が悪い。これでは「時間さえあれば行けたのに」みたいに聞こえてしまう。

私は丁重にお断りをして先を急いだ。店へ向かう途中、15分て結構長くね?と思う。何をゆっくり楽しもうとしているんだ、あの兄ちゃんは。

飲み会でその話を遅刻の言い訳に使ったら「どうして見てあげなかったんだ」と遅刻延長を求められた。更には「連れて来たらよかったのに」と残念がられた。ちょっとどうかしている。思考がばれたのか、私が罰ゲームとして「タンポンキャンディー」を考案した話題になった。それもちょっとどうかしていた。被害者がいないのが幸いだ。


私が「変な人に絡まれた(声を掛けられた)」経験はこれくらいしかない。あったとしても大概気に留めないし忘れてしまったのだろう。これに関しては、その後も含めて何となく印象的だったので覚えている。

世の中には「変な人によく絡まれる」「トラブルに巻き込まれやすい」人がいる。そういう人たちは良くも悪くも他者を惹き付ける魅力があったり、些細な事柄でもエピソードトークに出来る才能があるのだと思う。私には残念ながらどちらも備わっていない。

ちなみに飲み会の面子とはそれからもう何年も会っていない。ノリが良く、何事にも寛容で、好奇心の強い人たちだったが、それ故の危うさがあった。顔も名前もちょっとずつ忘れ始めている。きっと、彼らも同じだ。私たちは、他者を惹き付けられない分だけ寄り添い、それらは些細なこととして忘れてしまう。あんまり、残念じゃない。

来世は幸せ。