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大いなる音楽の源流 ~リヴォン・ヘルムの Dirt Farmer

 ザ・バンドのアルバム「Stage Fright」(1970)に入っている All La Glory という曲が、ひそかに好きだった。リヴォンのボーカル曲だが、頼りなげな、教会の懺悔室に入った少年の告解のようなその声は、あまりリヴォンらしくない。今回の新譜 Drit Farmer は、どこかそんな手触りに似ている。

 ザ・バンド以外のリヴォン・ヘルムの演奏といえば、ウッドストックに御大マディー・ウォーターズを迎えた The Muddy Waters Woodstock Album と、ドクター・ジョンやMG’S らと組んだ Levon Helm & the RCO All Stars を持っているが、ザ・バンドを離れたリヴォンの曲はどれもリズム・アンド・ブルーズを基調としたもので、かれの伸びのあるアメリカ的なシャウトと相まって、どこか単調になりやすいきらいがあったことは否めない。ところが今回のアルバムは装いが異なり、まるで別人の作品のようだ。

 収録された全13曲はどれも相当に古いトラディショナルな曲か、それに準ずるものだ。エレクトリックな楽器はほとんどない。アコギとマンドリン、フィドル――そのほとんどをかつてディランのバック・バンドにいたラリー・キャンベルが担当している。このアルバムにおけるかれの貢献度は大きい――オルガン、ピアノ、それに娘のエイミー・ヘルムを加えた二人の女性シンガーがリヴォンの声をサポートしている。

 リチャードやリック・ダンコとザ・バンドを再結成した頃はまだザ・バンドの影を追っていた。だがリチャードもリックもこの世を去り、一人残されたかれはとうとうザ・バンドの影を拭い去った。

 喉頭癌で一時は二度と歌えないかと思われた声は、内なるルーツに帰還する。以前のような張りを失った、かすれがちなその声は、皮肉のようだが、その帰還に相応しい。声の制限が深度に作用したのだ。わたしにはそう思える。

 何よりこのアルバムに収められたすべての作品には、深い敬虔な感情と、豊かな音楽の息遣いと、家族的な親密さからしか生まれ出ないある種の力強い愛情が脈打っている。よくなめした皮製品や手入れの行き届いた100年前の古い家屋のような味わいがある。そうしてよく耳をすませば、これらの作品のふとした瞬間に、わたしたちはあの雄壮な The Night They Drove Old Dixie Down や、自由な麦畑の Ain't No More Cane の原液を嗅いだような酩酊を覚えるのである。

 リヴォン・ヘルムは、ザ・バンドの“聖なる三つの声”の残された最後の一人なのだ。その声はいま、いくつもの川筋をたどって、大いなる音楽の源流にいる。

(2007.11)


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