ムチ

みつけましたか

「わたし、M男(えむお)を飼っているんですけど…」

と、切り出された。あなたなら、どう反応するだろうか?

1: 脳のシナプスがピキピキと音を立てて一瞬で凍る
2: 飛び出しそうになった目を慌てて押さえる
3: フガッフフと喉を詰まらせる

自分の場合はすべてだった。

知人から誘われて参加した集まりで起こった。
その知人は、日本で70人くらいしかいない職業で五本の指に入るレベル。
(以降、「五本の指さん」と呼ぶことにする)

五本の指さんは、メディアに顔出ししているので、知っている人は、知っている(当たり前か)。

で、その集まりとは、いわゆるファンのオフ会。
アイドルとかだとファンミーティングってやつか…
五本の指さんは、アイドルではないけど、男女均等に熱いファンがいる。

その日の参加者は女性ばかり20人ちょっと。

他に、五本の指さんの母校の先輩男性と、同業の後輩男性、そして私。
その場にいた男性は都合4人。

女性は、4つのグループに分かれ、グループごと、誰かの悩み相談に乗る。
それぞれのグループに、男性も一人ずつ加わる。

女性たちの共通点は、五本の指さんのファンであること。しかし、お互い本名は知らず、ニックネーム(ハンドルネーム)で呼び合っている。

私は完全アウェーだったけど、言われるがまま一つのグループに加わった。

「じゃぁ、どなたか、お悩みのある方…」と切り出すと、

一人のアラサー女性が口を開き、いきなり冒頭のフレーズだ。

「M男を飼っているんですけど…」

アラサー女性(以下、S子さん)は、会社勤めをしていて、部下である20代の男性をプライベートでは、電話でいたぶっているらしい。

つまり、会社では上司と部下の関係。プライベートでも飼い慣らし、夜は、電話でSMを楽しんでいるようなのだ。

当事者が合意の上の趣味だろうから、他人がとやかく言うことではない。

それで、S子さんの悩みはというと…

「M男が最近、言うことを聞かなくなってきたんですよ。同じ男性としてどう思いますか?」

電話でいろいろ指示して従わせていたのに、最近は反抗するようになって
きたという。

その瞬間、私ができる精一杯のことは、S子さんの顔をしっかり見つめることだけだった。

こう言うと失礼だが、取り立てて美人とか、その逆とか、特徴があるわけでなく、ごくごく普通。お昼休みには、薄手のカーデガンを羽織って、長財布とスマホを手に、同僚とランチに行きそうなタイプ。テレビの再現VTRで、OL役を探すとしたら、S子さんにお願いするだろう。

私は、初めて聞いた「M男」という概念を理解するのに少々お時間が要った。M男さんと私の共通点は、男ということ以外に見つからない。

一生懸命、感情移入しようにも、自分の引き出しにアイテムが無い。
でも、なにか答えてあげないと…
「もう、飽きてきたんじゃないですかねぇ」と、喉元まで出かかったが、
ぐっと飲み込んだ。

すると、周りの女性たちがS子さんに質問を始めた。

「M男って、どんなタイプの人?」
「どうして、そういう関係になったの?」
「毎晩、電話しているの?」

S子さんは、ひとつひとつ答える。
女性たちのやりとりを聞いていると、「相談者→回答者」という関係が成立していない。もはや興味本位の記者会見みたいだ。

お陰で、私はアドバイスせずに済んだのだが、ハッとした。

初対面で、相手が何者かわからないのに、唐突にディープな?お悩みを相談している構図。

リアルYahoo知恵袋じゃん。

ただ、誰もが腑に落ちるようなキレのいい回答は出ていない。

とはいえ、S子さんは、回答者側からの質問に答えることで、表情は少しずつ和らいでいるように見えた。

お悩み相談とは、答えを求めているではなく、ただ聞いて欲しいだけという
ケースもあるだろう。一種のアウトプットすることで、浄化されるという、解決プロセスだ。

無理にアドバイスを捻り出さなくてよかった。

ところで、反抗期のM男さん。その後、どうなったか気になっている。
会社でギクシャクしていないだろうか… 心配しても仕方ないか。


どうか、新しいS子さんを見つけられますように。

沖縄出身のお笑い芸人さんが命名してくれたペンネーム/テレビ番組の企画構成5000本以上/日本脚本家連盟所属/あなたの経験・知見がパワーの源です