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書きたいと思うのに、
それよりも優先すべきことが多すぎて
書けずにいた日々。

もし、この先、
本当に自由に時間を使えるようになったら、
好きなことを好きなように書き綴りたい。
そんなことさえ思う様になりました。
決して書くのが上手いというわけではないのですが、
果たして読んでくれる人もいるかどうかもわかりませんが・・・。

さて、最近書こうと思っていた事

母性と父性について

先日お友達のたっちゃんに専門学校に来てもらって
お話いろいろしてもらいました。
たっちゃんはトランスジェンダー男子です。
すっかり、男子になったたっちゃんですが、
私にはなぜだか「女の子」に見えるんです。(笑)
まぁ、そこそこ女子で生きていたから 板のついているのかもしれません。
「女の子」らしさが・・・。
怒られるかもですが。

で、今の学生の年齢では、性の多様性も以前より身近になっていて
あまり、抵抗がない様に見える。
真意はわからないけれど。

そして、授業が終わってから
少しお話することになった。
ここでもたっちゃんの「女子力」が発揮される。
注文したのは「クリームソーダ」❣
おっさんの私より、しっかり女子だ。爆

もとい、話をしていて、たっちゃんが乳児院に勤めていた時のお話で
子どもたちを可愛いと思う、愛おしい?と思う気持ちは

「母性」なのかそれとも「父性」なのか?と聞いた。

ちなみにAIに聞いてみると
- 「母性」と「父性」は、生物学的な性差によるものではなく、社会的な役割や期待に基づいて定義される概念です。
- 母性は、子供を産んで育てることに焦点を当てた役割や特徴のことを指し、父性は、家族の経済的な安定や保護者としての責任を果たす役割や特徴のことを指します。
- 母性と父性は、一人ひとりによって異なる程度で表現されることもあり、性別による固定的な役割ではないと考えられます。
- 母性と父性は、子育てや家族の関係において相補的な役割を果たすことがあります。
- 父性は、近年では従来のイメージにとらわれず、感情を表現することや家事や育児に積極的に参加することも求められるようになってきています。

となった。

<生物学的な性差ではなく社会的な役割や期待>

なんかちょっと違和感。
生物学的な性にも大きく影響があると思うんやけど、
そういうわけでもないのか?

身体的に女性であって、心が男性であった場合。
もし、子どもが生まれた場合には、おっぱいをあげたりしないのだろうか?
おっぱいをあげるというのは「母性」の象徴ではなかろうか?
とか、そんな風に子どもをもうけるカップルは無いのかなぁ~とか。

私の質問に対して、たっちゃんは「わからへん。」と答えました。
そりゃ、そうやよな。

で、帰り道
私ななんという愚問をしてしまったのだ。と反省したのだ。

そして、以前「母性」についてオラウータンの子育てについてのドキュメンタリーを観たことを思いだす。

この番組を見てわかったことがある。

「子どもを産んだからと言って誰もの母性が生まれるわけじゃない」

と言うこと。
子育ても身近な見本となる行為を観て学んでいくのだ。
そして、子どもと接することでより一層母性が育っていく。
おっぱいをあげる行為はより母性を深める行為である。
あのなんともいえない感覚は子どもを産み育てた人には良く理解できるだろうと思う。

が、一方で誰でもに母性があるわけではないから
子どもを可愛いと思えない母親がいるのも事実だろう。
そうなった時に、お父さんが母親代わりを下としても
お父さんには「母性」が生まれることは無いのじゃないか?

うむ、持てよ、そうなると「母性」「父性」と考えることに無理が出てくる。

あ、そっか、

「母性」「父性」と言っている時点であかんのか?(笑)


明確な違いがわかるわけもなく・・・。
お母さんが持つのが「母性」でお父さんが持つのが「父性」と分けて考えることに意味はないのだよね。
「親の愛」で良いってことで、赤ちゃんは「父母」って認識するのではなく
自分が生きながらえる方法を自然に身に付けているだけなのよね

と言うことで、
愚問に関しての自分なりの解答は出たので良かったので
めでたし、めでたし。




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