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九鬼の記事vol.1(2019.12.17)


1.今週の学び

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「今週の学び」では、今週のできごとから九鬼が感じたことについて述べています。主にトレーニング・コーチングの現場での気づきを発信したいと思います。

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 今週の学びは、

「トレーニングの抜きどころ、追い込みどころ」の難しさ

 冬季トレーニングがはじまって、シーズン中のトレーニングよりも、強度は下がっても量は圧倒的に増えました。特に、サーキットトレーニングを入れたことで、低〜中強度の運動を反復することが増えて、選手の疲労も目に見えて蓄積されています。それに応じて、ちらほら、身体の不調を訴える選手も出てきました。

 トレーニングへの参加・不参加は基本的に学生の判断に任せているので、特別にどうしろという指示は出していません。それを判断するのも学生陸上の大切なことです(たまに参加させないように働きかけることはあります)。

 ですが、コーチとして、ちらほら不調を訴える選手が出てくると、トレーニングを見直す必要があります。ここで問題なのは、どのタイミングで、どれくらいトレーニングを抜いてあげるか、です。このタイミングと量は、なかなか難しくて。選手個人の回復スピードや、もともと持っている怪我の状況などもあって一応な解は得られないと思いますが、コーチとしての経験と知識を積み重ねていきたいです。

 試合に向けて、トレーニングを抜いたり継続したりするのは、「テーパリング」と呼ばれます。一般的には、トレーニング強度を維持して、トレーニング量を下げます。試合が一回だけなのか、複数週にまたがっているのかで、テーパリングの期間を変更する必要があります。加えて、テーパリングまでのトレーニング状況にも左右されます。

 市民ランナーの方は主に、週間走行距離やその時のタイムなどをトレーニングのデータとして保管している人もいると思います。基本的には、走行距離を維持して、強度(タイム)を維持することが、一般的な戦略かと思います。その点についてもまた別の機会に述べたいと思います。

 最後に、テーパリングについてまとめられている本を紹介して、終わりたいと思います。僕の授業でも教材として使用している良本です。

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2.今週の陸上部(短距離・跳躍パート)

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「今週の陸上部(短距離・跳躍パート)」では、九鬼が普段指導している大学のチームのトレーニングの一コマを紹介します。短距離走のトレーニングを市民ランナーやその他の競技にも応用できるような観点も盛り込んでいきます。

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 今週のトレーニングは、積極的回復期で、少しトレーニングの負荷を下げていました。と言っても、そこまで休ませるわけではないのですが、「回復」と銘打っておけば、少し選手も楽な気分になるかなと。11月からここまで冬季トレーニングを継続してきて、来週には年内最後のトレーニングサイクルが始まるので、そこに向けて身体と心の準備期間ということで。

 冬季練習も徐々に慣れてきて、トレーニングのバリエーションも少しずつ増やしていっています。

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 今週は、バウンディングとスプリントを組み合わせて行いました。バウンディングでは、「フラット接地」になるようにコーチングしていますが、シーズン中はここに集中させるために、バウンディングだけ。一方、冬季トレーニングでは、スプリントする機会も少なくなるので、ここに組み込んでみました。

 選手には、「バウンディングでは、正しい接地の中で、爆発的に力を出すこと。そしてスプリントでは、バウンディングでの力発揮を走りに移行させることを目的として」と全体指導。

 基本的にはバウンディングの時にはしっかりコーチングをして、スプリントに入る前に、「ここから走りに繋げるのは選手個人の工夫が必要ですよ」と声かけをしてから、あとはじっくり見てるだけ。動きを確認しつつ、しっかり出力して40mのスプリント繰り返していました。これを2セット。サッカーなどの球技系の選手に対しても、このアイデアは応用可能かなと思います。力発揮系のエクササイズを数種類して、競技特異的な運動を入れる。全体のトレーニング強度は下がってしまいますが、選手に対してはコネクションを意識しやすい、というメリットもあります。

 まだまだ冬季練習は始まったばかり。「いい走りするやん!」という学生もチラホラ見えますが、「じっくり行かなあかんぞ」と自分に言い聞かせながら、シーズンに備えたいと思います。

3.今週のオススメ論文

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「今週のオススメ論文」では、普段なかなか手がづらいスプリントやトレーニングに関する英語論文を紹介します。専門的な内容をなるべくわかりやすく解説して、現場への応用についても考えます。なお、以下の文章は直訳したものではなく、九鬼が読んで解釈し、文章を私の言葉で書き直している点に留意下さい。

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 今週の論文は、Dr Schacheらの論文。詳細な引用は以下の通りです。

Schache AG, Blanch PD, Dorn TW, Brown NA, Rosemond D, Pandy MG. (2011). Effect ofrunning speed on lower limb joint kinetics. Med Sci Sports Exerc, 2011; 43(7): 1260-1271.

 走るスピードが下肢の力発揮やパワー発揮にどのように影響しているのかを検討した論文です。被験者には、複数の努力度で走らせて、その時の走りを分析しています。一般的なスプリントの研究では、全力走を分析しますが、スピードを落とした走りを比較することで、全力疾走の特徴を捉えようとするものです。それでは順を追って、説明していきます。

(1)イントロダクション〜研究の背景〜

 これまで、ランニングや全力疾走での分析は、数多くされてきていますが、それの多くは接地中だけであったり、単に全力疾走だけを分析したものでした。また、走りを横から見た分析(矢状面の分析)がほとんどで、速度を変えた時の三次元的な分析は進んでいないのが現状でした。そこで、被験者にいくつかの走速度で走らせた時の、三次元的な下肢の分析をすることが本研究の目的として設定されました。

 上述しましたが、全力疾走の特徴を捉える場合には、それ以外の何かと比較する必要があります。もし、全力疾走と少し遅いスピードでの走りに違いがあるとすると、その違いこそが全力疾走の特徴であると言えます。そういった点で、この論文は非常に興味深いと言えます。

(2)メソッド〜方法の概要〜

 8名のアスリートが被験者として用いられました(内7名は陸上競技の選手)。VICONという三次元動作解析システムを用いて、被験者の動きを捉えるとともに、8枚の地面反力計を用いて、地面に加えられた力を測定しました。ちなみに、使われた測定機材の合計は3000万円くらいするとんでもなく豪華な設備です。被験者は、3.5m/s・5.0m/s・7.0m/sのスピードと、全力疾走の4条件で走りました。ちなみに、10.0m/sでだいたい100mが11.5秒くらいだと思うので、男子選手にとっては流し走くらいのイメージかと。それぞれのスピードで走っている時の、下肢三関節(股関節・膝関節・足関節)を三次元的に分析しました。

(3)リザルト&ディスカッション〜本研究から言えること〜

✅走スピードが早くなる際もっとも特徴的だったのは、空中にいる時(滞空期)の股関節を屈曲しようとする力やパワーが顕著に大きくなったこと。
✅膝を伸ばそうとする力(膝関節伸展トルクのピーク値)は、走スピードを上げていっても、目立った変化はなかったこと。
✅足関節の仕事は、5.0m/sまではスピードが上がると同じく仕事も大きくなったが、それ以降にスピードが上がっても変化はなかったこと。

 以上が、主な結果になります。2つ目・3つ目は、要するにスピードが上がろうと膝関節とか足関節はあまり変化しないと解釈できます。以下では1つ目の股関節の屈曲に着目して話を進めたいと思います。

 走スピードが高まっていくと、それに応じてピッチも高まります。そうすると、空中にいる時間が短くなるため、より短い時間で股関節を屈曲して、脚を前にスイングする必要があります。そういった点から股関節を曲げる力やパワーが顕著になったのでしょう。この時の力はこんな感じ↓↓

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 この時に働くのは、腸腰筋群・大腿四頭筋・大腿筋膜張筋・腹直筋といったところでしょうか。つまり、全力疾走では、脚が後ろに流れるのを防ぐ+素早く前にスイングすることが特徴的であると言えますかね。

 さらに興味深いのは、スピードが上がるにつれて、地面から離れる前に膝関節を曲げるような力が大きくなるということでした。膝を曲げることによって、その上の太ももを反時計回りに回す力になって、結果として脚が後ろに流れるのを防ぐ、という特徴も見られました。「走っている時に脚が地面から離れるときは頭からつま先が一直線に」という指導をたまに見聞きしますが、この知見とは相反することがわかります。

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(4)現場への応用&コメント〜九鬼の視点から〜

 股関節を伸ばす力というのはスクワットなどによって鍛えることはできますが、股関節の曲げる力というのはなかなか鍛えることが難しいです。数年前に、100mの当時の世界記録保持者であるアサファパウエル選手の大腰筋(股関節の屈曲に関わる筋肉)が、日本トップレベルの選手と比べて顕著に大きかったという結果が放送されていました。そうすると、短距離選手が全力疾走でさらにスピードを上げるためには、股関節を曲げる力が制限要因になっている可能性も。これは、市民ランナーには特にあてはまるともっていて、股関節を強く+早く曲げるという非日常の運動を経験させることで、スピードアップのプレイクスルーになる可能性があります。伸展系のトレーニングと、屈曲系のトレーニングをいかにミックスさせるかというのが、ポイントになってきます。じゃあ、30mくらいでスプリントが終わる球技系選手にはどうなんだ、ということも話が派生されますが、今日はここまでで。

4.時事ネタ・記事の紹介とコメント

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「時事ネタ・記事の紹介とコメント」では、今週のニュースや読んだ本などから、印象に残ったものを紹介するとともに、それに対するコメントをします。

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(1)【体験レポ】スマートフットウェア「ORPHE TRACK」、田端信太郎と靴の未来を考えてみた

 シューズの中に圧力センサーかな?そういうのを入れておいて、接地時の衝撃や地面反力から、即時的に時計を通してランナーにフィードバックするというもの。以前、それとは少し違うかもしれないけど、加速度計を足と腰ともう一つどこかにつければ、ヒトのランニング動作を大まかに捉えることができて、簡単かつ即座に動作をフィードバックできるシステムを作ろうと考えている先生の話を聞きました。今後は、加速度計や圧力センサーなど、簡単で比較的安価な測定機材を用いて、誰でも・簡単・即座にデータを手に入れられるようなテクノロジーが進んでいくんでしょう。そうなると、ますますデータを解釈する能力がコーチや選手にも求められるようになりそうです。

(2)表情フィードバック仮説

本:ENDURE〜限界は何が決めるのか?〜より

 表情が、その表情に一致する感情を増幅させるという仮説。笑顔でいると幸福度が増したり、怒った表情をすると怒りの感情が増幅されたりするというもの。顔の筋の活動を測って、筋活動が高まって表情がこわばると、運動中に疲労度を感じやすくなるという実験もあるそうです。運動中に笑顔を見続けた方が、泣き顔を見ているよりも、持久的パフォーマンスは高くなるという研究成果も出ています。 100mの世界トップレベルの選手は、よく走る前の選手紹介でふざけていますが、これも関係があるように思えますね。そうすると、試合やレース前のコーチングでも、選手を笑顔にさせたり笑わせたりするような接し方の方が、選手のパフォーマンスを引き出せるのかな、と飛躍的ですが現場への応用も考えてみたり。

(3)【ヤクルト】ドラ4塩見、イノシシより速い!?30メートル3秒85

 写真から見ると、光電管という正確な測定器具を使っています。ちなみに、3秒85というと、大学サッカーやラグビーのトップレベルの選手でスプリントの得意な選手がこのくらいですね。そうすると、同年代くらいでは、かなり「速い」と分類できるかと思います。しかし、落とし穴があって。スタートの姿勢によって、全然タイムが変わるんですよね。これが三点スタートという片手を地面につけた姿勢からスタートしたのであれば、上記の通りの評価。一方で、二点スタートという手をつけないでスタートしたのだとすると、そこまで速いとは言えません。この測定システムは自分でスタートするため、二点スタートだと少しだけ身体を揺さぶって加速をつけてしまって、それがタイムに大きく反映されます。ちなみに、100mの選手であれば10秒8くらいの選手はこのくらいのタイムでは走ると思います(彼らは30m以降が大切ですからね)。

5.Q&A

 お気軽に、コメントください。次週移行の記事で、みなさんのご質問にお答えします。



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