『ヴァイブレータ』 赤坂真理(私をめぐる旅 3)

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この本に出合って、自分の感じていることが文学になり得るのだと知った。

「体表の過敏さ(21頁)」をこんなふうに文字に起こすことができて、それが物語として成り立つのだ。小学校のころから本を読むのは好きだったが、私にとっての「文学元年」はこの本に出合った年だ。


中学高校のころ、図書館で読みたい本がないときは作家の「あ」から順に見ていって、気になった本を手にとり、気に入ったら借りていた。

高校生になると、週末には図書館に行くのが習慣になっていた。長い休みともなれば、言わずもがなである。地元で本の揃いが良いのは中央図書館だったが、家から一番近い「分館」と呼ばれるこじんまりした図書館にも私はよく通った。天井も低く、奥行きも小さかった。

高校2年生の夏休み、借りたい本がなかったか、読みたい本がなかったか。いつものように「あ」の箇所を目と指で追っていた。すぐ後ろに座って読める椅子が並んでおり、夏休みだったからか日中でも数人が座って本や雑誌を読んでいた。

最初気になったのは、この本の表紙だった。日没の空をバックに、アメリカのものと思しきガソリンスタンドが写っている。「76」と描かれた赤とも橙ともつかぬ風船のようなものがくっついた標識に、ガソリンのその日の値段と蛍光灯が掲げられている。実際存在するであろう場所だが、どこか近未来を眺めているような気になった。「ヴァイブレータ」というタイトルは、白地に赤い線でそれぞれの文字が囲ってあり、振ったらカラカラと音の鳴る玩具を連想させた。

「なんかポップだな」

そう思って手にとったのを覚えている。


そのころも今も、「おもしろいよ」と人づてに聞いて本を借りることはもちろん、ちょっと気になった本をぱらぱらめくって、そこから立ち上がる感じで選ぶこともある。無意識に文字を読んでいるのかもしれないが、頁から立ちのぼる何かを私はとても信用している。

「あ、これは必要な本だ」

本を開いてすぐに分かった。頭でなく、身体の奥が揺れたのが分かった。

「言葉がこわれるところを見ていた」(150頁)

おなじことを経験しているひとがこの世にいると思わなかった。当時の私にとっての「この世」は家と学校と塾だけだった。けれど、私にも起こったことが、こうして物語の主人公にも起きている。いや、私に起こったことが物語になっている。そのことに瞠目した。

この本に出合う数年前に「母なるもの」を喪った。これは私が勝手に名前をつけただけで、文字通りの親ではなく自分のよりどころ、地盤のようなものだった。そこから世界の再構築がはじまった。主人公と同じだった。

「ひととひとはどうやって関わるんだっけ」

Aという言葉にはBかCという反応が返ってくる。

BならばDの台詞を返す、 CならEかF、ごく稀にG。

この声のトーンならこの表情。これは話に参加している人数によっても変わる。

組み合わせは無限に思えたが、周りを観察していると、いくつかのパターンがあるのに気がつく。新しいパターンを知っては脳内に溜め込む。似たようなシチュエーションが訪れれば引っ張り出して使ってみる。相手の反応をフィードバックにし、組み合わせを変えてみる。その繰り返しだった。

地盤を喪った以上、外の世界でも破綻するわけにはいかない。言葉はつねに後づけだった。ふつうなら一桁の年齢で獲得する言葉を、十代で見よう見まねで学習するのはしんどかった。

「あたしは自分のことを話さない、聞いてばかりいる。(128頁)」

たしかにこの時期は人の話を聞いている方が楽だった。

状況や相手の反応を見つつ、自分の出方をかんがえるのもしんどかったが、当時私のなかに言葉は存在しなかった。「体表の過敏さ(21頁)」はどこまでもついて回ったけれど、それが話し言葉になるまでには気の遠くなるような時間がかかった。だから意見を求められると、口からはなにも出てこない。感じていないのでも、考えていないのでもない。水面で口を開いては閉じる鯉のごとく、ただただ上下の唇の縁を空気が震わす音だけがした。

本を読むのは昔も今も好きだが、書く方はいまでもパズルをしている気持ちだ。感じたことや皮膚で捉えたことは、この本でいう「震え(75頁)」や「振動(60頁)」のようなもので、それを「考え」や「意味」に変換するのは言葉のほうである。

「この感覚ならこの言葉が近い」

自分が見えている情景にぴたりとはまる言葉を探すが、どちらかというと「にじり寄っていく」に近い。人間は言葉ありきというが、私は情景や絵ありきだった。

「身体の中の液体は揺れたまま、思考はフラットになってゆく。揺れている液体の、ずっと下の方には動きに影響を受けない領域がある。でもそこってどこだろう。(46頁)」

この「動きに影響を受けない領域」で、私自身ものを感じたり動かされたりしていた。そこが疼くとき、皮膚とくに足の裏側が粟立ち、その刺激が目に到達して眼球がさっと動く。なにかを思いついたとき、合点がいったときも同じ身体反応だった。それはいまも変わらない。人によってはここを心と呼ぶのだろうけれど、私には穴という表現が一番しっくりくる。疼くのだけど、空洞。空っぽだからこそ、響く。

「あたしの中の、共存できないあたしを打ちのめしてほしいから。(159頁)」

言葉をもたぬ私と、絵の前に立って言葉をはめている私はやはり分断されている。共存はできていると思っていたが、役割分担をしている限り混じり合うこともない。片方を失えば、もう片方も自然消滅する。共存だけでなく、共栄もしていかなければならないのか。なんともスパルタである。

「あたしあなたにさわりたい(62頁)」

十代の私がもっとも必要としていたのはこれだった。

「さわらせて」と誰かに言うこと。感じたことが言葉にならない分、あのころは皮膚ですべての刺激を受けとめていた。たったいま分かったのは、赤ん坊はとんでもなくえらいということだ。見るもの聞くものすべて皮膚で受けているのに、あの天衣無縫さは一体何だ。

それはさておき、とにかく攻撃しないでほしい。ただそう言いたかった。

「体表が過敏になっていて、刺激の強いものは受け付けない。熱い湯もシャワーもだめだ。そして刺激から遮断され何かに包まれて護られたい。(158頁)」

庇護欲ではなく、自分が庇護される対象になることに飢えていた。自分の皮膚の粟をなめすもの。それはやはり自分以外の皮膚でなくてはならなかった。だから相手にさわりたかった。相手は攻撃しないと知ること、それには相手にさわること。さわっても怒らないと頭でなく身体でわかること。その何もかもに飢えていた。


20年以上経った今も、私はこの本を血肉にして生きているのだと知った。

あらためて読んでも、やっぱり私のことが書いてあると思うし、物語がすっぽりそのまま私のなかにおさまっている。本のなかの表現を、今でも私は日常で使っている。振動に言葉を合わせるパズルと唯一違う点は、その表現が私の振動にぴたりと嵌まることだ。そこに誤差が出たとき、私はまた違う言葉を探す旅に出るのか。今度は、私自身の空洞に穴を掘ってあらたな言葉を探すのかもしれない。

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