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「おせっかいネガティブ」

「おせっかいネガティブ」だな~と思う。自分のことです。
家族やともだち、身近な人が何か「困ってる」「迷ってる」「悩んでる」と聞くととても心配になる。そして助け舟を出したくなる。助けられないとしても、問題を解消してあげられないとしても、何か打てる手をそっと差し出したくなる。

私が手渡すことのできるものと言えば、ほんの少しの情報と言葉。
「困ってる」「迷ってる」と聞けば、これはどう?こんなのもあるよ!こういうのもいいかも!と、情報を集めて選択肢を並べる。

時々相手に「よく知ってるねぇ」と感心してもらえることもあるけど、いや、知っていたわけではないのです。どうにかしてあげたくなっちゃって、調べてしまうんです。おせっかい。

「悩んでる」と聞けば、悩んでるというその本人が私に乗りうつった感覚になることが多々。ホラーな話ではなくて。その人目線が勝手にダウンロードされる感覚。そして悩んでる人が掛けてもらいたい言葉がなんとなく浮かんでくる。
ホラーではないので、浮かんだ言葉が必ずしも正解なのかはわからない。でも、相手を元気にできる言葉、気をラクにする言葉だといいなと思って伝えるようにしている。これを言っておけばいいだろうとか、そんな投げやりにではない。悩んでいる人に届けたい言葉は勝手にどんどん出てくる。

その結果「優しいねぇ」なんて言ってもらえることもあるけど、いや、勝手に本人気取りで想像してしまってごめんとも思う。元気になってくれたとしたら嬉しいけれど。
やはり、これもおせっかい。

おせっかいといえば「割とふくよかなボディではつらつとした陽気なおばちゃん」というイメージが私の中にはある。
確かに私は「割とふくよかなボディのおばちゃん」ではある。だけどはつらつと陽気ではないのが実はやっかいなところでして。(どうせなら全部当てはまらないと言いたかった)

どちらかと言えばネガティブ。それはおせっかいに関してもそう。
身近な人が困っていると、できることはしてあげたいという気持ちは抑えられない。
「情報」なり「言葉」なりそのときのその人を少しラクにするかもしれないものを、よかったらどうぞって手渡してはみる。だけど、そのあとネガティブが発動する。
「要らない情報だったかも。」「すでに知ってて嬉しい情報じゃなかったかも。」「気分に合わない言葉だったらどうしよう。」「どこか気に障る箇所があったら申し訳ないな…。」そんな感じ。

自分がネガティブなことは重々わかっている。そして相手を大事に思っているからこそ、おせっかいな「情報」も「言葉」も結構細心の注意を払って手渡すようにはしている。
だけどおせっかい後はほぼ毎回「大丈夫だったかしら」と不安になる。

ただのネガティブだったら、そもそもおせっかいは思い付いても実行せずにやめておく気がする。逆にシンプルなおせっかいな場合は、実行した時点で気分爽快になるような気がする。どちらでもなくて、中間にいるのが「おせっかいネガティブ」なのだなぁと思う。ちょっとやっかい。

そんな「おせっかいネガティブ」を最近では少し分析してみている。ネガティブ損だともったいない気がして。
私はきっと、相手の可能性が広がったらいいなと願っている。前に進むお手伝いができたらいいなと思っている。そのために、いくつかのルートや策を私なりに想像する。そして一応どうぞと手渡してみる。

そうした「情報」や「言葉」が、その人にとってどう作用したのかが気になる。結果をちゃんと見届けたいと思っている。言って終わりではなくて「もしかして追加で必要な情報ある?」とまで思っている。

そう考えると、ネガティブもおせっかいに含まれているのかも。途中のネガティブ期もひっくるめて、おせっかいなのかも。次なるおせっかいを発動するために必要な、しばしのネガティブだったりして…

この「おせっかいネガティブ」、どうせならどこかで何かの役に立つ日がきたらいいのにと思ってライターを志している。はつらつと陽気ではないかもしれませんが、困っていると聞けば「なんとかできないかな」と一生懸命考えます。ちなみにネガティブは、自分の中に隠しちゃうので表には出しません。「おせっかい(実はネガティブ)」な私に、おせっかいさせていただける場所を探しています!よろしくお願いします!(最後ちょっとポジティブ)


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