ニュージーランドが牛の「げっぷ」税

ニュージーランド政府が世界で初めて牛や羊のげっぷに課税する案を打ち出し、波紋が広がっています。げっぷに含まれるメタンは強力な温室効果ガスであるため、課税を通じて削減を進めるのが狙いです。同国政府は「世界に先駆けて実施することで大きな利益が得られる」とアピールし、2025年の導入を目指しています。これに対し、農業界は「畜産業界にとって大打撃となる」と猛反発しています。なお曲折がありそうで、最終的にどう決着するかは不透明ですが、環境に優しく持続可能な農業を目指す動きが世界的に広がる中、環境への負荷が大きい畜産への逆風が強まっていることが浮き彫りとなりました。

ニュージーランド政府の2022年10月11日の発表説明資料現地からの報道によると、新税は温室効果ガスの排出量に応じて農家ごとに課される計画です。具体的な税額は、農地面積や家畜の飼養頭数、畜産生産高、窒素肥料の使用量などを基に政府が今後決定するということです。税収は、温室効果ガスの削減に向けた研究開発や、温室効果ガスの削減につながる農家の取り組みへの支援に充てられます。

畜産大国のニュージーランドでは、約500万人の人口に対し、牛が約1000万頭、羊が約2600万頭も飼養されています。牛や羊のげっぷに含まれるメタンや糞尿に含まれる亜酸化窒素は強力な温室効果ガスであるため、どうやって削減するかが大きな課題となっています。ニュージーランドは、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとする目標を掲げており、この実現に向け、畜産からのメタン排出量を2030年までに10%削減、2050年までに47%削減を目指しています。

ジャシンダ・アーダーン首相は声明で「将来の排出削減に向けたニュージーランドの取り組みにとって重要な一歩だ。農業からの排出に価格をつけて削減するシステムを開発した国は世界になく、先行者として利益を得ることができる。ニュージーランドの農家は世界最高の農家となる。輸出促進にもつながる」とメリットを強調しました。ダミエン・オコナー農業相は「われわれは排出削減の取り組みに報いることで、より多くの農家が生産性を向上させ、利益を増やせるよう支援していく。干ばつや洪水の増加といった形で農家は既に気候変動の影響を受けている。排出削減に率先して取り組むことは、環境と経済の両方にとって良いことだ」と訴えました。

これに対し、農業団体「フェデレーテッド・ファーマーズ」は「ニュージーランドから多くの農場が奪われる」と猛反発しています。新税が導入されれば、羊や肉牛の飼養頭数が20%、乳牛の飼養頭数が5%減るとの政府の試算を紹介した上で、「食料生産を減らさないよう実行可能な解決策を政府と検討してきたのに、この2年半にわたる努力が水の泡となった」と政府の対応を厳しく批判しています。さらに、課税によってニュージーランドの畜産業が縮小する一方、それに置き換わる形で温室効果ガス排出量が多い国外の畜産業が拡大することで、世界全体の温室効果ガスの排出量は増えるとの問題点を指摘します。

農業界などとの協議を続けた結果、ニュージーランド政府は2022年12月21日、「税額はできるだけ低く設定する」「移行期の支援措置を検討する」といった内容を盛り込んだ修正案を公表しました。農場で植林など温室効果ガスの削減に取り組めば、畜産からの排出から差し引き、納税額を減らせるようになることも盛り込まれました。2023年初めに新制度の内容を政府が正式決定し、同年半ばに法案を議会に提出し、2025年から実施するとのスケジュールも示されました。

アーダーン首相は声明で「我々の共通の目標は、農家が輸出を増やし、排出を削減し、国際競争力を維持するのを支援することだ。立場が異なっても作業を続けることで、実行可能な長期的な合意に近づいている」との認識を示しました。さらに、「最も重要なのは、持続的な排出削減システムを設けることだ。政府の提案の有無にかかわらず、持続可能な農産物が求められる市場で、ニュージーランドは最前線に立つ必要がある。農業からの排出削減に関して信頼できる計画を策定しなければ、輸出の将来は危うくなる」と強調しました。

これに対し、フェデレーテッド・ファーマーズは「あいまいな改善では不十分で、反対を続ける」と表明しました。複雑な制度であるため、「法案が提出されるまで詳細は理解できないかもしれない」と指摘する一方、「いくつかの変更により改善したところもあるようだ。しかし、大きな懸念と非現実的なタイムスケジュールは残ったままだ」との認識を示しています。

野党・国民党も新税に対して否定的な姿勢を示しています。最初の発表後の10月12日に声明を出し、「ニュージーランドの農家が既に炭素排出量が世界で最も少ないことを認識しておらず、これまでの合意を危うくする」と、与党・労働党政権の対応を批判しています。さらに、「国民党は、2050年までの炭素排出の実質ゼロなど、温室効果ガスの削減目標にはコミットする」としながらも、課税によって「羊の国内生産が大きく減少し、温室効果ガス排出量の多い国外での生産が増え、世界全体での排出増加につながることを懸念している」と問題点を指摘しました。

国民党は12月21日に再び声明を出し、「労働党の迷走に農家はますます困惑するだろう。農業の現実を完全に無視しており、農家は労働党への信頼を失っている」と批判を強めています。ニュージーランドでは2023年後半に総選挙が行われる見通しで、このテーマが争点になるかもしれません。

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