見出し画像

不思議夜話 16

切り立った崖の上に建つ邸宅の中にいた。
通されたラウンジはL字型に広がっているためなおさら大きく感じられる。百畳ほどはあるだろうか。そこは邸宅の角部屋で、二面とも全面大判のガラスが連続して嵌め込まれていた。まるで屋外にでもいるような雰囲気だ。ガラス面の反対、つまり建物の中心方向は、マホガニー材の長いバーカウンターが続いており、壁面は抑えた電燈光で照らされている。見たことも無いようなグラスや酒が陳列してあった。金持ちはこういったところで毎夜パーティと洒落込んでいるのだろう。ただ、今は夕暮れにはまだ早そうで、人の数もチラホラだ。

改めてなぜ”ここ”に突っ立っているのか、考えてみるがよく分からない。
ただ、具体的ではないのだが誰かから招待を受けたような気がする。思い起こす際、ニュースでよく聞く「反社会的」という言葉が頭の中に立ち上がってきたところを考えると、素人が余り長居すべきところではないような気もしてくる。
窓の外は少し靄でもかかっているようで、遠くの山並みは霞んでいるが、手前に見える小さめの山々はハッキリと見える。んっ、あれが金剛、葛城や二上の山景だとすると、手前の山々は大和三山だろうか。とすれば、その麓に広がる街並みは橿原や明日香の街か。古来、「国見」という言葉があるが、正にこんな感じなのだろうと思った。この高さから見ると、まるで巨大な箱庭か模型のように感じられる。神の視座か、見事だ。

「美しいものですな。」
と後ろから男性の声がした。
「そうですね。」と応えながら振り向くと、白髪が豊かで茶色のサングラスをかけた、見るからに”その筋”の老人が微笑んでいた。大きなワイングラスを持っており、取り巻きも数人いる。外国のサスペンスドラマなどでよく目にする風景だ。脳みその深いところでピクンと警戒信号が発せられて、首の後ろがカーッと熱くなってくる。アドレナリンが全身に”臨戦態勢”を呼び掛けているのが判る。途端に、「落ち着け、落ち着け。」とココロは叫ぶが、生来、性根の座っていない人間だ。口から心臓が飛び出そうになり、返す笑顔もひきつる。
げっ、何でこんな場所にいるんだ、俺は。気の利いたセリフで、この場を上手に切り抜けなくては、と思うが言葉自体が頭に浮かばない。
「お飲みになりますか。」
「あっ、い、いえ、けっ、結構です。」
差し出されたグラスを両手で拝むように断り、大きく腰を引いて後ずさりした。全く、小心者はいつもこういう対応が大袈裟になってわざとらしい。頭の片隅でそんなことを考えながら、足早にその場を離れてラウンジの横に回り込んだ。

そこは十畳ばかりの和室だった。
まだ起き抜けなのか布団が敷きっぱなしになっている。家具一式がやけに古ぼけて安物っぽい。ふと見ると、自身が家族旅行でよく使う鞄が1つ、部屋の端の方で退屈そうに大あくびをしていた。
あれぇ、今日は家族で旅行に来ていたんだっけ。いや、そうに違いない。
そう思いなおすと、心臓の高鳴りはようやく落ち着いてくる。でも、先ほどのラウンジに比べると場違いなくらい随分とみすぼらしい部屋だ。少し気分が落ち着いてくると、げんきんなもので余裕も出てくる。「機会があれば少しアドバイスしてみるか」などと、呟きながら押し入れに布団を仕舞った。
すると、スーツの上に法被を着た、やけに腰の低いスタッフが一人、揉み手で部屋に入ってきた。
「ご出発ですね。」
「ええ。うちの家族は見ませんでしたか。」
「先ほど、玄関へ向かわれましたが。」
えっ、ったく、置いてけぼりだ。
恨み言を云いながら、慌てて周りの着替えや旅行用具を鞄に詰め込んだ。スタッフが先導するように障子を開けると、昔の旅籠のように濡れ縁のような廊下が見える。促されてそこを歩くが、安普請で相当高いところにあるのか、歩くたび軋んで足元が定まらず、浮桟橋を高層ビルの屋上で歩いているようだ。何となくお尻もこそばゆい。そうだ。私は高所恐怖症なのだ。
こんな気持ちの悪い場所から一刻も早く立ち去りたいと思い、意を決して駆け出した。

しかし、もやっとした中をただ走るだけで、玄関だか出口だかが見つからない。家内や子供の名前を呼ぶが返事もない。唐突にどこかで発車ベルが鳴った。少し焦りながら見回すと、三叉路に分かれた道の左の先に駅の改札が見えた。昭和の時代のように制服を着た駅員が切符切りをカチャカチャ鳴らしてこっちを見ている。ズボンのポケットに手を入れると、あの頃そのままに厚紙で拵えられた切符が出てきた。切符を駅員に差し出すと、鋏を入れて返してくれる。目の前にある階段を駆け上がり、木橋のようなプラットホームへ出た。

プラットホームの両側に電車が止まっていた。
右の電車の行く先は「八重洲行」とある。あれ、そんな行き先があったろうか。左を見ると、あろうことか0系新幹線だ。
はて、自分はどこへ行くつもりなのか?ベルは鳴りっぱなしだし、気だけが焦る。右隣のプラットホームの電車に目をやると、古ぼけた車両の額に「埼京鉄道」と書いてある。「埼京線」なら先日乗ったし記憶にあるが、鉄道会社にその名を冠したものは無いはずだ。左隣のプラットホームには「山陽電車」の表示が。山陽電車って、それは神戸の方だろう。
何だ、この駅は…。
東京も関西もぐちゃぐちゃになっている。
頭が混乱する。再び心臓がシンバル状態だ。
遂には遠くの方でも発車ベルが鳴りだした。
「あーっ」と叫びそうになって頭を抱えたら、目が覚めた。

枕もとの目覚まし時計が鳴っている。オフスイッチを押すが、まだやや小さいベル音が止まらない。そうか、二度寝してしまうといけないので、食卓にももう一つ目覚ましを置いていたんだっけ。
頭を掻きながらゆっくりと立ち上がった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?