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日記 「人生最高の日は一瞬で」

 
 まだ、そわそわした感じが抜けません。
 大勢の友人に囲まれていたからでしょうか、主役として普段浴びることのない拍手と祝福をたくさんいただけたからでしょうか、これまで多くの時間を割いてきた一大イベントが終わってしまったからでしょうか。それとも、新たな日常が始まることへの武者震いでしょうか。

 家を見渡せば、メインテーブルを彩っていた花、ブーケ、祝電で届いたバルーン、自作のウェルカムボード、前撮り写真の入ったフォトフレーム、着払いで届いた式場からの荷物。LINEを開けば、写真や動画がどんどん届いてきます。

 結婚式から、5日が経ちました。

 この数日間は、なにも手につきませんでした。
 仕事から帰ってきたら、抜け殻のようにソファに寝そべり、友人が送ってくれた動画を眺めていると一日が終わっています。
 その割に仕事は、週明けから忙しくなってきて、しかし身は入らないのです。社内やプロジェクトでトラブルが起きても、宇宙から地球を眺めるくらいの感覚で、些末にすら感じて、いつも以上に冷静に対応できているような気がします。

 在宅勤務の日を使って、家の掃除をしました。
 ギリギリまでクラフト系やウェルカムスペースの準備をしていたので、人が歩けないくらいには物が散乱していました。それもようやく片付きました。
 部屋が広く感じられましたが、その分、さみしさのようなものが込み上げてきました。パートナーは出社勤務なので、家ではひとりでした。エアコンの音。家は静かです。部屋にいても風を感じることはありません。息をゆっくり吐くと、静けさがさらに襲ってきて、自然と息が詰まる感じがしました。肩の力を抜いて、部屋をぼうっと眺めると、少しだけしぼんでいる祝電のバルーンのかすかな揺れさえ、わかるほどでした。耐えきれず、しょっちゅう意味もなくベランダに出ました。
 湿度が高い。空は晴れていて、風も吹いてくれていますが、まとわりつくような感覚が抜けません。

 もう終わってしまったのか。
 遠くを見ると、そんな気持ちが襲ってきて、当日の記憶がよみがえってきます。もうちょっと、ああすればよかったな、こうすればよかったな。もっとあの空気を味わえばよかったな。事前に、イメトレをしすぎたという後悔があったりします。当日は、まったく緊張しませんでした。脚は震えるだろう、手は震えるだろう、多少はコメントは飛んでしまうだろう、いろんな想定をして、頭の中にできていた進行通りにイベントの一瞬一瞬をなぞり、つなげていきました。もっとイレギュラーな、想定外のことがあってもよかったなとも思ったりしますが、それは避けたかったという気持ちもありました。いずれにしろ結婚式当日は、目の前のイベントを通過点として、パートナーと小声で話をしたり、友人と写真を撮っているうちに、すぐにフィナーレが訪れました。

 楽しい、結婚式でした。
 一生忘れられない日になりました。
 このそわそわは、いましか感じられないこの感覚を、あと一週間もすれば消えてしまいそうな感情を忘れたくないという気持ちからきているのかもしれません。

 この数日間、そわそわから逃れようと、ゲームを手に取ろうとして何度もやめました。ゲームでないにしろ、アニメや映画、本の世界に浸ることで日常が戻ってくるであろう直感がありました。けれど、それはやりたくありませんでした。ゆえに、なにもできない日が続き、そわそわがいつまでも離れないでいました。無音がいやで、結婚式用の歓談BGMのプレイリストを流したり、バリ音楽で気持ちを落ち着かせようとしたりしていました。

 今日の横浜は、いい天気です。
 ようやく、気持ちの整理がついてきました。
 この感情と状況を言葉にすることで、そわそわが幾分かうすれていったような気がします。
 でも、文章にしなければ、この感覚がいつまでももっと続いてくれたんじゃないかとも思います。
 それがよかったにしろ、わるかったにしろ、私は書かなければ前に進めないという直感だけはありました。
 
 もっと素直に文章に吐き出せばいいのに、と自分に対して思ったりもします。変にリズムを意識してしまって、果たしてこれがありのままなのかと問われたら、私は口をつぐみます。それならば、言葉にしないまま胸に秘めていたらいいのでは、と、言い聞かせたくなります。しかし、これは性です。
 この先、自分がどういう方向に生きていきたいのかを明示してくれた、そんなイベントだったのかもしれません。

 怒涛の3か月でした。
 まだ書くのか。はい、あと少しだけ。

 3月に引っ越しを終えて、そこから家が整わないうちに結婚式の準備が始まりました。
 オープニングムービーとプロフィールムービーの両方を自作しました。動画編集は初めてだったのでその勉強からスタートでした。イメージに合わせてコンテを作り、グリーンバックの撮影や小道具なども制作し、ナレーション録りも行いました。
 全体の演出を組み立てる上で常にイメトレして、アイデア出しをして、常に結婚式のことを考えていました。BGM用のCD購入、余興バンド演奏の練習、両家への挨拶や様々な手配。仕事の忙しい時期とも重なってしまい、平日は残業祭りで疲れ果てるような感じでしたが、それでも電車の中では式の流れをさらっていました。土日は、平日よりも忙しかったです。

 なにも準備ができていない状態で、結婚式当日を迎える夢を何度も見ました。しかしそれも、段々と準備が整っていく中で、自然となくなっていきました。

 ウェルカムボードや結婚指輪を作るのは、とても楽しかったです。いい経験になりましたし、わちゃわちゃやりながら完成を見守る、わくわく感がありました。

 この記事は誰が見ているかわかりませんし、誰も見ていないかもしれません。しかしそれでもいい、と私は思います。余興のバンドのみんな、ドラゴン役で式を盛り上げてくれた友人、いろいろサポートしてくれた親族、来てくれた全員に感謝したい。
 私は、結婚というのは、役所に書類を出すだけの儀礼ではなく、周囲の認知と承認、これまでの自分に関わった方々に見届けられてこそのものと思っています。だからこそ、人前式を選びました。

 これから、なにをしようか。
 まだ、身体や脳は動き出していません。
 大きなひと区切りがつきました。しばらくの間はこの余韻に浸りながら、準備体操を続けていることでしょう。しかし、新しい風は、もうすでに入ってきているように感じます。この結婚式を終えて、親や友人と話し、部屋を掃除し、ふと調べもので気になったり、そわそわした日常の中でキーワードが私の胸に飛び込んできます。

 ゆっくりと前に進み、また、パートナーと一緒に楽しみながら毎日をかみしめ、今日という日を過ごしていきたいです。
 なにをしようか。答えはこれから感じとっていきます。でもまだしばらくは、人生最高の日を迎えたという "いま" を見つめ、浸っていたいです。
 その日は一瞬でした。しかしこれほどまでに、私を思いとどめるものとは。ここまでのイメトレは、さすがにできませんでした。
 

〈了〉
 




 ふぅ。

 やっと、ここまで書けました。
 マノ・イチカです。ここではそう名乗ってます。

 小説以外の記事を書くのは、初めてになります。
 エッセイというより日記で、人に見せるものでもそんなに面白いものでもないです。しかしながら、結婚式の感想を書かなければならない、という感情が昨日だか一昨日にシャワーを浴びてる中で、強く湧き起こりました。
 
 今日もあっという間に、一日が過ぎていきます。
 この感情が消えないうちに、しかし文章が書けるくらいには、そわそわが収まってきたタイミングには、と、ようやくいま吐き出すことができました。

 こんな日記ですが、最後まで読んでくださった方にはお礼申し上げます。

 次は小説でお会いしましょう。

 みなさまにも、祝福が訪れますよう!


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普段は、SFやギャグ寄りの話を書いてます。


冬のライトノベル短編で、賞をいただいた作品です
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