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小説 「はじまり村の防具屋さん」@2022年のライトノベル短編 (約6,000字)

 贅沢がしたい、なんて思ってしまった。
 一度そう感じて以来、なにをしていても、頭からこびりついて離れない。
 生まれてこのかた四〇年、ここはじまりの村リロルドで、防具屋をずっと続けてきた。

 先祖から代々続く伝統的な防具屋だ。父親もその父親もそのまた父親も、勇者を送り出す最初の防具屋としての誇りを継ぎ、稼業をつとめてきた。

 だが、売っているのは、ニ〇クランの「木の帽子」と、三〇クランの「木の盾」だけだ。

 まったくもって、儲からない。

 単価が安すぎるのだ。世界を旅してきた冒険者一行がこの街に戻ってきたとき、おれは彼らの話を聞いてしまった。いわく、「この村の物は、もやしくらいやっすいわ、ハハハハハ!」

 おれは、もやしがなんなのかは知らない。だが、馬鹿にされていたことは直感的にわかった。おれは悔しさをぐっとこらえ、店先に知らない顔して立った。

 一時期は、別の世界からたくさんの客がやってきて、この村も賑わいに溢れていた。世間じゃ、冒険者デビューブームなんて言われているやつだ。
 あとで客から聞いた話だが、この世界を支配しようとする魔王を打ち倒すため、女神様が別の世界から救世主となる人をたくさん呼び込んだらしい。

 当時はこの防具も、飛ぶように売れて、小銭がたくさん入ってきたもんだ。

 だがいまは違う。
 一日の売上は、多くて三〇クランの「木の盾」が四つ。つまり、日銭は一ニ〇クランだ。景気が悪いったらありゃしねえ。

 とはいえ、この村の単価はなんでも安いから、普通に生活する分にはまったく困らない。
 風呂屋は五クランだし、食堂は十クラン。食材やインフラ料金も安い。それに、防具用の素材は、村の郊外にある個人所有の広い敷地で山ほど取れるから原価はかからない。
 この村にいる限り、不自由はないっちゃない。

 だがそれは、外の世界を知らなければの話だ。
 冒険者というのはたいてい、その旅の道中での出来事をおれたちに自慢気に話していく。いやでも、この村の外で何が起こっているか耳に入ってくる。

 王国では、絶品の冷製パスタが食えるらしい。

 パスタパスタパスタパスタパスタパスタパスタパスタパスタパスタパスタパスタパスタパスタ。

 こんな辺境の村で小銭稼ぎをしてパン一つとスープをすする日々から抜け出し、おれもパスタを味わいたい。いいメシが食いてえ。食いてえんだ。

 おれはコツコツと小銭を貯金してきた。いまこそ、それを使うときがきたのだ。

 行くぞ、おれは隣街にギャンブルへ!


 隣街にくるのは、初めてだった。
 ここセガルタは、リロルドを発った冒険者がまず訪れる人口三〇〇人ほどの街で、闘技場があることで知られている。

 石畳で舗装された道、そこを行き交うおしゃれな服を羽織った街人、活気溢れる人混みに向かって声を張り上げるロードサイドの商人たち。
 なにもかもが、はじまりの村リロルドと違っていた。
 おれのいる村は、全域が砂利道で、村人は布きれ一枚やそこら、商人は露店ではなくロッジにこもって来客を待つスタイルの薬草屋と武器屋とこのおれ防具屋のみ。
 この街では、外の街から仕入れたであろう豊富な果物や肉、そして武器や防具だけでなくアクセサリーを扱う店や鍛冶屋まである。それに、オープンテラスのコーヒー屋まで!
 きれいめの若い女の子たちがどんどん店へ吸い込まれていく。

 おれは、すでに敗北感を味わっていた。

 街を一歩進むたびに聞こえてくる、楽しそうな笑い声とおしゃれな音楽。おれも、彼女たちの談笑に混じりたい。「木の盾」の魅力についてならば、一晩は語り合えるぞ。なんなら、その魅力を知ってくれたなら、多少は割引して売ってもいい。ふふふ、ふふふふふ。

 なにを考えてるんだ、おれは。
 違う。おれはこの街に、博打をしにきたのだ。

 王国の冷製パスタは、あまりにも高い。物価が違いすぎて、おれの貯金では王国への移動手段と門番に渡す通行料だけで終わってしまう。しかも片道切符だ。
 そんなミスをやすやすとするつもりはない。
 だからおれは、この街の闘技場で、博打をしにきたのだ。



 目的を思い出したおれは、街の光景に目をつぶり、耳を塞ぎながら闘技場へとたどり着いた。

 天井が吹き抜けた巨大なドーム型の会場は、すでに多くの人々で賑わっていた。
 スタンディングの観客席は、中央のフィールドを囲むように二階席、三階席と連なっている。いずれの席も無料で入ることができ、幸運にも二階席の前方につけたおれは、そこで試合開始を待った。

 今日の対戦カードは、冒険者アルルと凶悪な狼モンスターとの闘いだ。
 会場に貼られていた情報によると、冒険者アルルはまだまだ駆け出しで、ろくに装備も持っていないという。だが、俊敏性に長けた特殊スキル持ちで、力の差がある狼モンスターにも対等以上に渡り合える可能性があるという。

 おれは、冒険者アルルに貯金のすべてを注ぎ込んだ。いわゆるギャンブルは初めてだが、なんとなくイケる、という気がしたのだ。こういう直感は大事だろう。それに冒険者は、格上の相手に対しても果敢に立ち向かい、それを打ち破っていくものだろう。ある程度の算段がなければ、冒険者も闘いを挑むこともない。
 これは、間違いなく勝てるギャンブルなのだ。

 おれの気持ちの高まりを察したかのように、会場が沸き立った。歓声がひとしきり続き、司会者とおぼしき人物がフィールド端に現れる。

「みなさんお待ちかね、本日の対戦カードの時間だ! 無謀にも凶悪な大自然のハンター、ハイゲインウォーウルフに挑むのは――コイツだ!!」

 大音響の紹介と音楽の中、フィールドに冒険者アルルが出てくる。フードを被っており、上半身はマントで隠れているが、パッと見た限りでは、剣の装備はない。短剣使いか、それとも格闘家タイプなのか。だがその身体は細く、鍛えた形跡も見えない。特殊能力持ち。そこが勝敗を分ける可能性が高い。 

 目を凝らして冒険者の装備を見る。
 むっ。背中に盾を背負っている。

 あれは、おれがよく知る盾……おれの店で売っている「木の盾」だ!

 なんという僥倖。これまでおれは、自分が売った防具が闘いで使われる場面を見たことがない。それは単に興味がなかったというか、そういう発想がなかったというか、自ら進んで知ろうという気が起きなかっただけだ。
 だが、冒険者が実際におれの売った「木の盾」を装備して強敵との闘いに臨もうとしている姿を見て、おれの心はときめいた。心臓が高鳴り、自然と自分の身体が前に傾いてるのに気づく。
 これが、嬉しいという気持ち。初めての感動。なんとなく、視界が明るくなった気がする。不思議と、全身の血液がめぐり出し、力が湧いてくるような感じがした。

「さてさて冒険者の挑戦を受け、その喉元をかっ切らんといまにも暴れたがっている化け物の登場だ! これまで五〇人以上の挑戦者を葬ってきた冒険者キラー、ハイゲイイィィィンウォォォォウルゥゥゥゥゥフ!!」

 その司会を聞き、背筋が急に凍りつくのを感じた。
 五〇人以上の冒険者が、狼にやられているだと……?
 そんな前情報はなかった。なにせおれのいるリロルドの村では、闘技場の話なんて誰ひとりすることがない。
 おれは瞬時に悟った。ここは闘技場だが、互いの命がかかった決闘の場。賭け事をするおれらはそれを見物するだけだが、決闘者のどちらかは必ず死ぬのだ。
 凶悪なモンスターが対戦相手にいるということは、そいつは前のモンスターがやられて入ってきた新参者か、少なくともひとり以上は葬っていることを意味する。

 今回の対戦カードのオッズは、ハイゲインウォーウルフ勝利で二倍。冒険者アルルの勝利で三〇倍。
 狼が圧倒的な支持を集めており、歴戦を見守ってきた闘技場の観客たちは、堅実に二倍のお金を得ようとしている。
 だ、大丈夫なのか、冒険者アルルは……。あの軽装では、狼に食われてしまうんじゃないか。

 唸り声。
 紹介を終えた司会者は鉄柵のある安全エリアに退避し、観客たちは静まり返ってその登場ゲートを見守る。
 まもなくしてゲートが開いた。その奥に見えるのは闇。いや、動いている。鼻息を荒げた獣が暗闇の中で暴れている。その両眼を赤く光らせ、暗がりから少しずつその姿が露わになっていく。
 出てきたのは、上下の牙を光らせ、大きな舌を突き出したまま地面にその唾液を垂らし続ける三つ首の狼だった。重そうな鈍色の首輪を嵌め、一歩進むごとに、首輪から地面に垂れ下がった鎖を鳴らしている。
 知らなかった。ハイゲインウォーウルフとは、ただの狼ではないのか。てっきり、少し凶暴な山犬程度に考えていた。

 その獣は、三つ首がそれぞれ自分勝手に暴れまわり、ときどき首同士で喧嘩し合ったり、口をかっ開いて威嚇したりしながら、ゆっくりとフィールドに歩み出てきた。

 勇者アルルは、やや前傾姿勢になりながら、その瞳を獣へ向けて小さく腰を落とす。
 その構えを見て、ハイゲインウォーウルフの首同士のいがみ合いがパッタリと止んだ。やつは、標的である人間にその三つの視線を飛ばすと、その両前脚を押し広げて一斉に上向いた。
 首を伸ばしきり、上空に向かって咆哮する。会場全体が静まり返る。ここにいる観衆が同時に息を呑む様子が見て取れた。

 遠吠えの残響が消えゆくよりもわずか前、司会者が静寂を切り裂くように声を張り上げる。

「みなさま!! これより、勇者アルルとハイゲインウォーウルフによる決闘を執り行います!! レディィィファイトォォッ!!」

 歓声が闘技場を呑み込む中、両者が一斉に動き出した。
 さきほどまでの喧嘩を忘れたかのように息を合わせる三つ首が、勇者アルルの正面に向かって、牙を剥いて飛びかかる。
 しかし、すでにその場に勇者の姿はない。牙が空をとらえて噛み締まると同時、ジャンプ中のハイゲインウォーウルフの下方にかがみ込んでいた勇者アルルが短剣を振り上げ、その腹に一撃を加える。直後に血が噴き出し、顔面への返り血を避けるようにマントをはためかせて距離をとる。
 三つ首は斬られた空中で、自らの後方にいる人間をその眼で認めながら、痛みへの反射で上体を仰け反らせた。そのまま地面に叩きつけられるように落下する。しかし傷は浅い。
 勇者アルルが短剣を持ったまま身構える中、ゆっくりとその下腹部からうす黒い血を滴らせながら三つ首は立ち上がった。
 体についた不快な水分を払い落とすときと同じく、ひとしきりドリルのように勢いよく全身を左右に捻らせてから、再びその眼光を勇者アルルへと差し向け直した。

 初撃を入れた挑戦者の活躍に、会場が一斉に沸いた。中には、落胆とブーイングを飛ばす者もいるが、多くは拍手とその攻撃を称えるものであった。

 低い唸り声を吐き出し続けるハイゲインウォーウルフに対し、勇者アルルはその全身を青白く光らせながら俊足で突撃する。
 低い姿勢から、敵の脚を斬り払うべく横一線に短剣を振るう。だが、勇者の攻撃パターンを野生の勘でまもなく把握した三つ首は、短剣の描く弧線を飛び跳ね、そのまま首の一頭を伸ばして噛みつきにかかる。
 瞬時に体を捻り込んだ勇者アルルは、寸前でその牙を免れるも、羽織っていたマントを食い千切られてしまった。頭部を守っていたフードは空中に置き去りにされ、その金色の髪が風に乗ってなびく。
 少年。それもかなり若い。間一髪を抜けた彼は、再び体を青白く発光させて素早く後ずさりした。

 息を上げ、肩で呼吸する。額から汗がこぼれるが、その眼は鋭くハイゲインウォーウルフを捉えたまま離さない。

 突如の咆哮。空気を大きく震わせ、衝撃を伴った威嚇に、勇者アルルは咄嗟に顔前で腕を交差し、眼を細める。上。威嚇に怯んだ観客が次に目の当たりにした光景は、勇者の上方から垂直に差し迫る三つ首の開いた牙だった。
 反応に遅れた勇者アルルは、短剣を放り落とし、背中に携えた「木の盾」を上方に突き出す。

 おれが売った「木の盾」だ。ここでついにその大事な役目を果たすときが――

 あえなく粉砕!

 三つ首の落下に対し、なす術もなく破壊されていく三〇クランの「木の盾」。真ん中の首が、まず最初に盾を真っ二つに割り、その両片をサイドの首が粉々に噛み砕いた。

「ちっ、使えねえ盾だ!」

 木片が飛び散る中、勇者アルルは罵声を吐きながら短剣を拾い上げて距離をとった。

 使えない盾。

 わかってはいた。理性ではわかっているつもりでいた。この先、どの街に訪れたとしても、おれが売る「木の盾」より下回る防御性能の盾はない。
 そう、はじまりの村で売る盾は、しょせんははじまりの村クオリティなんだ。おれの家系は代々、そんな防具屋を継いできた。
 だが目の前で突きつけられた。おれの売る盾は、役に立っていないんだ。
 ちっ、使えねえ盾だ。
 頭の中で、勇者が口にした言葉がリフレインする。ちっ、使えねえ盾だ。使えねえ盾だ。
 ああ、使えない盾だよ! 当たり前だろ、たった三〇クランだぞ! そんなものを当てにするんじゃない! そんなのは馬鹿がすることだ!

 おれは、自らの人生を否定するような言葉を脳裏で投げかけ合いながら、涙を流していた。

 滲む視界の中で、勇者アルルとハイゲインウォーウルフの攻防が続く。
 だがどうでもいい。どちらが勝ったところで、おれの心は癒やされない。丹精込めて手作業で造った「木の盾」は、獣の一撃でガラクタとなってフィールドに散らばっている。
 もう、冷製パスタどころではない。おれの自信は、おれの半生は、無駄だったのか。

 腕で目元をこすり、視界に入る闘いをぼうっと眺める。
 気付けば、勇者アルルはその短剣を折られ、地面に背をつけていた。彼の上には、後ろ脚を一本失ったハイゲインウォーウルフがその前脚で勇者の右胸と右腕を踏みつけている。
 しかし勇者アルルは、絶体絶命の中、息を荒げながらも、その瞳だけは輝きを失わずに勝ち誇る敵を睨み続けていた。
 彼はまだ、諦めていなかった。
 自らの死が目前に迫りながらも、決してその希望を捨ててはいない。最後の最後まで、死地をくぐり抜ける方法を探っているように見えた。

「頼む、勝ってくれ……」
 彼の姿を見たおれは、自然とそう呟いていた。
 稼いだ日銭や、商売道具がまったく役に立たなかったこともすべて忘れ、目の前の光景に全意識が集中していた。

 勇者アルルに乗りかかるハイゲインウォーウルフは、その両脚に体重を乗せ、爪先をねじ込むように彼の体を痛めつける。
 だめだ、もう勝てない。あの勇者は、食われる運命だったんだ。そしておれも――
 いいや、違う。まだだ。まだ勝てる。「木の盾」は、攻撃手段にもなる。そうだろう!

「勇者アルル! 木片だ、木片をやつの眼に突き刺せええええ!!!」

 おれは叫んでいた。届いたかどうかはわからない。だがしかし、出しうる声のすべてを吐き出していた。
 仰向けになった勇者の顔がこちらに向く。視線が交差する。直後、勇者の瞳に火が灯ったような気がした。力尽きていたはずの左腕を強引に振り上げ、勇者アルルは絶叫しながら拳をふるった。
 空を切る。だが、その声に気圧されてか、ハイゲインウォーウルフが一瞬だけその体を硬直させたように見えた。勇者アルル。最後の力を振り絞り、恐らく特殊スキルであろう身体能力強化によって、再び全身を青白く発光させて鋭く尖った木片に手を伸ばす。そして勢いそのままに踵を返し、瞬時にハイゲインウォーウルフにとりつく。
 三つ首を根元から一つに押さえ込み、木片を突き刺し、突き刺し、その首を一本ずつへし折っていく。火事場の馬鹿力なのか、いくら獣の首が暴れても、そのとりついた腕を振りほどくことはない。
 ついには、そのすべての首を地面に落とした。
 ハイゲインウォーウルフは、その闊達な全身の動きを止め、ゆっくりと横向きに倒れていった。

 勝った。

 勇者アルルは、片膝に手をつきながら、その返り血と自らの出血が合わさった袖口をはためかせながら、左腕を天に向かって突き上げた。
 それは同時に、おれの誇りが取り戻された瞬間でもあった。
 彼は、こちらに向かって微笑みかけると、一礼をしてフィールド脇へとはけていった。


 後日、店でいつもと変わらず「木の帽子」と「木の盾」を売っていると、勇者アルルがやってきた。

 どうやら彼は、闘技場で張り上げたおれの叫び声が聞こえてなかったらしい。だが、おれの顔を見て、咄嗟に木片の使い方が頭に浮かんだというのだ。
 彼は、そのことと感謝を告げると、次の街へと去っていった。

 それだけでいい。おれは、憧れていた冷製パスタのことすら忘れ、金銭も心身も満たされた状態で接客していた。

〈了〉 6,758字




今回、2022年のライトノベル短編にエントリーしようと書いてみましたが、規定の文字数をオーバーしてしまいました。
(中盤の街の話カットすれば収まるのですが、できれば削りたくなく笑)

まあエントリーの有無にせよ、こうした形で書き上げられてホッとしております。

楽しめましたら幸いです。

ではでは。

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