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饒舌の口下手

やりたいこと100のリストの中に、あなたに会いたいというのがあったんだ。
7年ぶりに会った彼女はそう言って、ちょっと笑いました。

聞くと、彼女はわたしのこのnoteを見ていてくれていたらしく、彼女の現実イメージのわたしと、noteのわたしにあまりにも違いがあったことに少なからず驚いたようです。
「何も知らないんだなって思ったよ」ちょっと早口で述べられた言葉に、わたしは「noteは根暗でしょ」なんて軽口を叩きながら、面映ゆさと羞恥心とそれからやっぱり嬉しさが交じり合って、ほんの一瞬、丸裸になりました。

感情を人に伝えることが下手なわたしは、同じ話題でも、会話より文章のほうが本音に近いことが多いのです。Twitterにしてもnoteにしても、話すことが下手だから書いているんです。
会話も、嘘ではないのですが本音は隠しがち。別に、隠したいわけではないのですが。感情を言語化するまでにかなりの時間が必要なので、円滑に会話をするために当たり障りない相槌になってしまうのです。

だから、いざ彼女の言葉を聞いても、話すことはお互いの近況で、noteで使っているような言葉も話題も出てきません。

なんとなく、彼女が知りたい「わたし」というのは、そんな近況ではないような気がしました。
例えば、ふるさと納税で選ぶのは地方だけと決めている理由や、献血に行くことで得ている自己満足についてとか、そういう自己分析の痕跡なような気がするのです。自意識過剰かもしれないですけれど。
が、いかんせん生身のわたしは饒舌だけれど口下手です。嘘はつかないけれど、こぎれいに取り繕うことが染みつきすぎてしまいました。こんな部分だけ、上手に生きてもしょうがないのに…

別れ際、わたしは彼女に、いつでも気軽に誘って。近いうちにまた会おうと言いましたが、近況しか話していないわたしにまた会う気が起こるかどうかは、だいぶ疑問です。
でも、もしまた会えたなら。高校時代、彼女にはそもそもわたしがどう見えていたのかはぜひ聞きたいですし、ふるさと納税と献血についても話したいなとは思っています。


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