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作家ではなく会社でものづくりを続けるわけ

経済が落ち込むと人々の消費活動の中から真っ先に切られるのが嗜好品。
わたしが会社で作っている伝統工芸品なんて嗜好品代表格なわけで、ここ2カ月の売り上げの落ち込み方がえげつないことになっている。
そもそも10月の増税で大打撃。
一年で一番売れるはずの正月も人々の財布の紐は硬く、頼みの綱だった春節がまさかのコロナショックで大ゴケをかました。

コロナなんてものが流行る前から業界が縮小の一途をたどっている工芸界のかたわら、日本では空前のハンドメイドブームが巻き起こっている。
いつの世も一定数の女性たちが趣味もしくは実用のために習ってきた裁縫や木工、陶芸などの仕事。
女性の日常生活との結びつきの強い超アナログな手仕事がネット世界との相性抜群で個人でもSNSやブログや通販サイトを運営し作品を発表してファンを増やすことが可能になり、誰でも簡単に作家になれる時代になった。
そしてわたしが職業・職人であることを周囲に話すとかなりの確率で
「ひとりでやらないの?」
「作家にならないの?」
と聞かれる。

そのようなことを聞かれたときにいつも理由として答えているのは
「ひとりでやれることには限界があるのでやらない」
だ。

ひとりで作家活動をしてメッセージ性のある素晴らしい作品を作っている方はたくさんいらっしゃって、ひとりでやることを否定するわけではない。
わたし個人の能力を客観的に見るとひとりでやったらすぐに限界にぶち当たると容易に想像できるのだ。

手工芸でご飯を食べていくこととはすなわち作品をお金に換え続けること。
企画・案出し・デザイン・原型作成・サンプル作成・原価計算・生産・宣伝・販売・経理もろもろ
作品=商品なので食料加工品や家電や衣服などと同じで一つ作品を作って売るまでに多くの過程をふまなければならない。
それぞれの仕事をそれぞれのスペシャリストがこなした方が絶対にいいものが短期間でたくさんできる、そして売れるというのがわたしの短い工芸業界経験で得た感想だ。
というか、絵を描くことが好きだったりめちゃめちゃ手先が器用で目がいいことが取り柄で絵描きや職人やってる人間なんて性質的に大人しいかコミュ症かADHDの確率が高いのに、そのような人間が制作の他に営業・経理・販売・スケジュール管理をこなし人ひとり生きていけるだけの利益を生むのはとてつもなく困難。
成功している作家さんはギャラリーのお抱えか、親や配偶者のサポート付きか、時々いるコミュニケーション能力も作業速度も発想力も制作能力も自己顕示欲も競争心も全てがハイレベルな人だと思っている。
作家でご飯を食べていける人とはものづくりに携わる人々の中でもほんの一握りの選ばれし能力者だ。
わたしはそんなガッツがないので会社員をやっている。

あともう一つ理由があり、制作の段階だけでいくつもの工程に分かれていて企画力に秀でた人、デザイン力に長けた人、型作り、成形、仕上げ、とそこも各スペシャリストが担った方が結果として良いものが出来上がる。
手工芸なんて特に習得するのに何年もかかる技術やそもそも才能がないとできない技術もあるため、全ての工程をひとりでこなしてさらに全て高レベルに仕上げるというのはこれまた至難の技である。

各工程でのスペシャリストを揃えた工房で作られる工芸品に勝る作品をひとりで作るのは到底無理、とわたしは考えている。
しかしそのようなスペシャリストたちも高齢化し引退する。
後継者がいなかったりするとひとつの工程に穴が空くのだが、それだけでその工芸が存続不可能になりえる。
全工程の職人たちの技を実際に見て習い、すべてにおいて高レベルでなくとも誰かに伝えられるようにしておけば、その工芸を存続させることができるのではないかしら。
わずかな希望を胸に、今日も景気の悪い小さな会社でものづくりにぶら下がってご飯を食べている。

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