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死ぬまで一生愛されてると

田圃に張った鏡は風に揺れ、遠く眺むるは白の城壁。枯木、裸の枝、疎らな残雪を横切った鴉の黒に、寂寞たる光景は収斂し、そして消えゆく。悠々と、まるで粘度が増したかのように流れるは九頭竜川。

朝、社叢の中でも一際大きな古木の根元より、湯気が立ち上っているのを見た。連なる深山を覆わんとする白煙の一端。前日の雨が隠し味、蒼一面の空の下、翠の濃淡は瑞々しく耀きを放つ。

芦原温泉に宿を取るのは初めてか。田園をゆくと、旅館の楼閣群がぼんやりと橙に浮かぶ。川のせせらぎがなかろうと、或いは山にその両脇を固められてなかろうと、温泉地には変わりない。華やぐ心のまま浴衣で飛び出した夜は、随分と冷え込んでいた。燗をつけた酒で暖を取るべく、海鮮の居酒屋へ。

ガサエビにナル、と聞き慣れない食材に舌を鳴らし、居合わせた地元の酒客に彼是の解説を受ける。大阪より卒業旅行の学生二人、翌日は永平寺に向かうとのこと。温泉にお寺とは些か渋過ぎやしないかと言い出す間際、他でもない私も、二年前ちょうどこの時期、友人らと高野山を巡ったことが思い出されたから、きちんと飲み込んだ。あれ、楽しかったんだよな。

二日目の夜は市内のホテル泊。ほど近くにはヨーロッパ軒と秋吉、本店が向かい合うお誂の通り。越前を代表する両名門は、矢張りたまらなく、この上なく旨い。それは気楽さに潜む、捉えがたい奥妙な釣合いによるものであろう。食べてばかりだ。

立ち寄った先で店主と音楽に就いて。高校から大学の前半にかけてよく聴いていたバンドのこと等、映像を交えて。楽曲と記憶との関係は面白いもので、この頃はそういった過ぎ去りし彼是とも、これといった気兼ねもなく戯れておる。そう、過去は他者と重なり、未来こそ自身なのであって。

羽二重餅と九谷を買うて、京に戻ったその足で、仕事関係の新年会。会場から食事、酒まで結構なものだが、こういった堅苦しいのは面倒である。挨拶回りに精を出し切り帰途へ。

週末に挿した梅、蕾が開いていた。何なり、洗い落として、新物のグラスで口直し。シャワーは低い位置に留まっておる。



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