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三日目 令和元年五月一日 十七時四十五分頃
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東海道中有松日本橋 満願大成就膝栗毛。三日目 令和元年五月一日 十七時四十五分頃。三河國 二川宿。
火打坂。近くの岩屋山から火打ち石が採れることからこの名が付いたらしい。ここに豊橋市地下資源館が建てられているのは、このことと関係があるのか。
二川宿の西端の道標。明治三十三年(1900)に建てられた。
JR東海 二川駅。鉄道駅として特徴も味もなにもない駅。地域の特色が何もない今時の何も考えてない人が設計したのだろう。
宿場町を標榜する駅前の説明看板。この看板もどこでも同じ規格もの。宿場町を標榜しているが、この街に宿泊施設は一軒もない。虚ろな宿場。三日目の膝栗毛はここで終了。
仕方がないので、電車で一駅西にある豊橋に戻りホテルに泊まる。
夕飯は、豊橋駅のデーパートの京樽の特売品と大好きな焼き鳥との組み合わせをホテルの部屋で食べた。デパートの食品売り場に美味い焼き鳥屋があるのだ。下戸なので酒は無し。これでいいのだ。
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