「かく」ことは、自己改革でありコミュニケーション
みなさんは「バタフライボード」という製品をご存知でしょうか?
従来のホワイトボードでは場所に縛られ、働き方が多様化する現代においてマッチせず、会議の際に困った経験をされたことがある。という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そんな課題を解決すべく、「持ち歩けるホワイトボード」として開発され、現在注目が集まっている「バタフライボード」。デジタル化の時代になぜあえて「手書き」でのコミュニケーションツールを作ったのか。その制作への想いをお聞きしました。(構成/ライティング:塚本佳子 写真:三浦えり)
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福島 英彦(ふくしま ひでひこ)バタフライボード株式会社 代表取締役
大内 麻里(おおうち まり)バタフライボードユーザー
石原 正康(いしはら まさやす)株式会社幻冬舎 専務取締役、幻冬舎ブランドコミック 取締役
石原正康(以下、石原) いきなりですけど、僕はパワーポイントが大嫌いなんです。手でかけばいいじゃないかと思ってしまう。だから、バタフライボードみたいな文房具が大好きで、持っているだけでドキドキしてくる。着眼点が素晴らしいですよね。
福島英彦(以下、福島) ありがとうございます。僕は話すのが下手で、通じないことが多かったんです。モノづくりの世界なら、モノを見せればそれで意見交換ができたけど、事情があって長年携わってきたモノづくりを離れたときに、言葉で伝えることの難しさに直面しました。悪戦苦闘するなかで、ホワイトボードにかくことで伝わりやすいことに気づいたんです。
石原 パソコンの普及で忘れがちだけど、「かく」という行為にはいろんな効果がありますよね。頭の中を整理するとか、福島さんがおっしゃるように相手に伝わりやすくなるとか。
福島 まさしくバタフライボードは頭の中を整理し、言葉として表現でき、かつコミュニケーションがとれるツールだと思っています。「かく」を「書く」と「描く」のどちらの漢字を当てはめようか迷うことってありますよね。僕の場合、ホワイトボードは「描く」であり、絵という感じなんです。
石原 それ、わかります。僕は編集の仕事をしているけど、手書きの生原稿は絵をもらっている感覚がありました。例えば村上龍さんの鉄条網のような字だったり、村上春樹さんの原稿には味のある文字と一緒に花の絵がかいてあったり、まさに原稿用紙に文字を描いている感じで、作家によって一味も二味も違う。
福島 パソコンだと誰が書いても同じだけど、書き文字には個性というか人間性が出ますよね。
石原 村上春樹さんの小説の中に「書くことは自己変革である」という言葉があるけど、かくという行為は自分を変えてくれることであり、かくことで人は変わっていく。バタフライボードにはそういう作用があると思います。
福島 それはうれしい言葉です。僕自身、ホワイトボードのおかげで思いを伝えることができ、状況が変わった瞬間が多々ありました。
石原 かくことによる伝わりやすさというのは、文字から書き手の熱量を感じることができるからだと思うんですよね。
福島 ユーザーさんからバタフライボードを囲んで書きながら会議をすることで、思いを共有できることが増えたという声をいただきます。逆にパソコンで打った資料では思いや熱量が伝わりにくいということなんでしょうね。
大内麻里(以下、大内) 実は私自身、最初はバタフライボードの重要性がよくわかりませんでした。
石原 大内さんはもともと「BOSE」で福島さんと一緒に働いていたんですよね?
大内 はい。当時の福島さんはBose製品の開発者として遠い存在でしたが、あるときマーケティング部に移動されて同じ部署になりました。そのときの様子は漫画にも描かれているかもしれませんね(笑)。その後それぞれ違う会社に転職しましたが、あるとき「マグネットを使ったアイデアを閃いた」と、バタフライボードの試作品を見せていただきました。
福島 そうそう、特許をとりたいので弁理士さんを紹介してほしいとお願いしたんです。
大内 音が出るマグネットでも開発したのかと思いました(笑)。同時期にベンチャー企業やスタートアップに携わることになって、ホワイトボード上で議論することが増え、ホワイトボードがなくてはならないコミュニケーションツールになったとき、「福島さんがやりたいことはこういうことか」と合点がいきました。
石原 カリスマ性は健在だったわけですね。バタフライボードを使ってみてどうでしたか?
大内 バタフライボードのおもしろいところは、持っているだけで驚かれることです。国籍問わず、まずは「それは何?」と興味を持たれ、「ホワイトボードだよ」と説明しながらマグネット部分を取りはずして見せるとさらに驚かれる。使う以前に所有の喜びにもつながっています。
石原 それがバタフライボードの持っているパワーであり、コミュニケーションツールになる所以なのでしょうね。
大内 頭の中をアウトプットしたり、コミュニケーションをとったり、実は以前からやっていることは変わらないんです。裏紙やメモ帳でやっていたことを、バタフライボードに変えただけ。にもかかわらず、ボードを一枚机の上に置いてみんなで囲み、ペンを持った瞬間に空気が変わる。一気に議論が加速するし、対外の人とも上司との関係性も近くなる感覚があります。
石原 自分をさらけ出してもいいんだと思えるのでしょうね。
大内 そうなんです。自分の字をあからさまに出すのは恥ずかしいけど、その恥ずかしさを超えた先に生まれてくるものがある。
福島 一方で、デジタルに近い作業で文字を消去できたり、付属のクリアボードを重ねたり反転させたりしてデザインソフトのレイヤーのようにも使えます。しかも、デジタルのような複雑な構造ではないので、誰もが説明書なしで使い始められます。
大内 それが紙とボード、デジタルとアナログの違いだと思います。
モノづくりとは、素材のキュレーション
石原 アナログといえば、絵本はほぼデジタルが普及していない世界です。でも図書館で借りる人が大多数なので出版社としては困るよねという話をしていたら、集英社の社長が実はそんなことはないと言うんです。
図書館で借りて、子どもが触ったり読んだりすることで、この本いいなという気持ちが生まれ、返却後に購入につながる。まわりくどい方法かもしれないけど、触れてみないとわからないことがあって、図書館はその役割を果たしていると。
福島 触ったり匂いをかいだり、それこそアナログのいいところですよね。僕のなかで絵本は、読めるし、触れるし、そのうえ描けてもいいツールだと思っています。とくに子どもには、自分ならこうしたいという発想が芽生えるものです。
石原 なるほど、二次創作ですね。オリジナルから新しいものが生まれ、新たな需要を生むというのはコミックの世界ではよくあります。
福島 絵にしても字にしても基本があって、誰かが何かを加えて新しいものになる。世の中のほとんどのものが、そうして誕生したものだと思います。
大内 まったくオリジナルなものは、そうそうありませんよね。
福島 バタフライボードも世の中にある何かをちょっと形を変えて組み合わせてつくりました。そういう意味では、材料のキュレーションをしている感覚ですよね。何と何を組み合わせればどうなるという物理現象です。
石原 モノづくりは材料のキュレーション、おもしろい考え方ですね。
福島 世の中にあるものを組み合わせたり、見せ方を変えたり、ちょっと不便な部分を改善させたりするだけで新しいものができあがる。そういう発想をすれば、もっといろんなものが生まれてくる気がします。
大内 私も納得してしまいました(笑)。福島さんはマテリアルの知識の宝庫。だから、スピーカーから文房具まで新しい商品を生み出せるんですね。
クリエイティブな自分を思い描けるブランド力
石原 ペンもホワイトボードと一緒に開発されたんですよね。
福島 インクメーカーさんと一緒に開発しました。既存のマーカーには太いものしかなくて、バタフライボードにはサイズが合いませんでした。インクメーカーさんに相談したところ、実はやりたかったけど大手の企業では無理だったと。なぜなら一筆めは絶対にかすれてはいけないなど厳密な基準があるからです。細いとかすれやすいんですよね。でも、僕は1回目でかすれても2回目でかければいいと伝えました。
石原 1回目はかすれてもOKという発想がいいですよね。それはハードルを下げることとは違う。ダメなものはダメというこだわりはあるけど、どこをすくい上げるかでつくれるものは変わってきます。
福島 たとえ1回目がかすれても結局きちんとかけるのでクレームは一度もありません。それよりも細くて消せるマーカーの需要がまさっていたということでしょうね。ペンの開発もそうですが、大手ができないことを僕らがやっていくことに意義があると思っています。
でも、単に新しい商品をつくるだけではダメなんです。すでに認知されている大手メーカーと勝負するには、「想像」「創造」してもらえるブランド力が必要です。
石原 というと?
福島 これはBOSE時代に学んだことですが、昔BOSEのタグラインに「Professional Sound From USA」というものがありました。日本人にはアメリカへの憧れがあるので「なんかすごいな」と思わせるし、「プロのサウンドって何?」みたいな興味もひきます。タグラインのつけ方で、いい音と思ってもらえる雰囲気が出せるんです。もちろん、BOSEは実際に音もいいですけどね。
同じようにバタフライボードで考えたタグラインが「Hello Idea」です。
福島 音楽を聴いてモチベーションを上げるという人は多いと思いますが、文房具の世界でもそれはできるはず。大手に勝つブランド力を築くには、これを持つだけで仕事がやる気になる、バタフライボードを使うことでアイデアが浮かびそうと思えるような打ち出し方が必要です。
石原 僕はモンブランのペンを使っています。しかも3万円もする高価なもの。でもよく考えたら必要なのは中身のペン軸だけで、外枠のボディがついているから高価になる。中身は1000円くらいでしょう(笑)。それでも使いたくなるし、持っているだけでちょっとウキウキします。
福島 それがブランドの力なんです。ブランドというのは、それだけでモノの価値を上げてくれる。モンブランを持つと頭がよくなった気がするとか、字がうまくなった感じがするとか。そう思わせるブランドってすごいと思いませんか。
大内 バタフライボードも「持っているだけでクリエイティブな自分になれそう」と思わせてくれます。
不安は自分の力で小さくすることができる
石原 話を聞けば聞くほど、すごいことをされているという印象だけど、実は会社を設立したのは2年前なんですね。短期間でこんなに大きくなると思っていましたか?
福島 もちろん不安はありましたけど、大丈夫だろうというタイミングで起業しました。BOSEを退社してiRobot社の正規販売代理店に転職した際「お金をもらうということは、不満か不安しかない。どちらを選ぶかは自由」と言われ、僕はお金や将来の不安より、会社に属することで起こるだろう不満を選びました。
石原 会社に属していれば不満は延々と続きますからね(笑)。
福島 でも、副業でバタフライボードをつくり始めてから、不安は自分の努力で小さくできるのではないかという考えに変わったんです。それならやりたいことをやって不満をなくし、新たに生じる不安はどうにかしようと。結果的に、不安を縮めてくれたのが「クラウドファンディング」と「ユーザーさんの声」でした。
石原 起業するにあたっての一番の不安は資金ですが、それがクリアされたのは大きいですよね。クラウドファンディングって、結構集まるものなんですね。
福島 副業として始めた一人メーカーのときから地道な活動をしてきましたからね。コミュニティーをつくってユーザーさんと強いネットワークを築き、ユーザーさんの声を拾い上げながら、進捗状況を逐一報告してきたので、それが口コミで広がり、結果的に資金集めにもつながりました。1000万を超えたのがちょうど2年前で、これなら独立してもやっていけるだろうと思い起業を決意しました。
石原 起業してよかったですか?
福島 副業ではできることに限界があるし、何よりも社会からの信頼度がまったく違います。過去、「副業ではね……」と大きな仕事を逃したこともありました。
それと、工場の方々との信頼関係にも変化がありました。面倒臭い仕事はしたくないという町工場は少なくありませんが、新たな試みとして始めたロボットでバタフライボードを生産する事にも賛同してくださり、いろいろな面でやりやすくなりました。
石原 ロボットは僕も見ましたが、あの滑らかな動き、いいですよね。ロボットというとガチャガチャとせわしなく動いているイメージですが、バタフライボードのアームロボットは動きが人間みたいで、決して急ぐことなく、しっかりと作業している。
福島 僕も最初に見たときはぞくぞくしました。ロボットにこんな動きができるんだと。ゆっくりした動きは、人間と共同で仕事をすることを念頭に開発した結果です。動きが速くなると危険が伴いますからね。
石原 テクノロジーを導入してさえも、人が作っている温もりが感じられる。それもバタフライボードの魅力ですよね。
福島 そういう部分はとても重要だと思っています。商品を好きになってもらい、長く使っていただく、つまり愛着を感じてもらうことがユーザー獲得には必要不可欠。モノづくりの現場をオープンにすることも商品への愛着につながるひとつの手段だと考えています。
このロボットからこんなものがつくられているんだと、ロボット業界から文房具業界のバタフライボードを知っていただく流れもありかなと。
バタフライボードの着地点は、お客さまの要望次第
石原 今回、幻冬舎ブランドコミックで、バタフライボードの開発秘話がマンガ化されますが、これもロボットの話と同様、マンガからバタフライボードを知ってもらう、本から文房具という流れをつくりたいということだったのですか?
福島 はい。忙しい人にも読んでもらえるメディアは何かと考えたときに、真っ先に浮かんだのがマンガでした。
大内 ユーザーとして開発の裏話にはとても興味があります!
福島 ビジネス書も考えましたが、そういう人たちにはすでに適切なアプローチをかけてきたし、逆にそういう人たちだけのデバイスにはしたくなかったんです。仕事だけではなく、日常的に使って欲しい。
福島 冷蔵庫に貼って忘れものしないようにメモするのもひとつのアイデアであり、それで生活が円滑になれば素晴らしいですよね。日常生活でも活用できるようにならなければ、「Hello Idea」は達成できないとも思っています。
石原 次はどんなアイデア商品を生み出してくれるのか、いちユーザーとして楽しみですが、今後の展望はありますか。
福島 マーケットという点では、海外シェアを広げていく必要はありますよね。
「かく」ことは世界共通なので、市場はまだまだあると思っています。ただ、方向性として着地点を設定しなくてもいいのかなと思っています。
石原 どこに向かっていくかは、福島さん自身にもわからないと。
福島 はい。そんな考えに至ったのは、大工だった父の影響があります。父は設計よりさらに上をいくプラスアルファを常に考えている人でした。それによって施主に喜んでもらうことを何よりの喜びとしていたのです。
僕も同じで、いかにお客さまの要望を聞き、その上をいく商品を提案できるかを常に考えています。そういう意味では、着地点はわからないけど、お客さまの要望に応え、満足していただける商品を開発するという点はこれからも変わらずにやっていきたいことです。
石原 これまで、ユーザーからはどういった要望がありましたか?
大内 私は初代バタフライボードをクラウドファンディンで購入させていただきましたが、今のモデルとは違い真っ白なボードだったんです。ずっとメモ帳やノートは方眼入りのものを使ってきたので、バタフライボードにも方眼デザインをいれてほしい! と福島さんにリクエストをしていました。
福島 要望は多かったですね。その一方で真っ白だからこそいろんなアイデアが浮かぶという声もある。
そこで、思考の邪魔にならない色と細さの絶妙なバランスを考え抜きました。
石原 より多くの人が満足できるものになるわけですね。しかも、この方眼はコピーしても写らないんですよね。
福島 そこもこだわった部分です。書く際のガイドラインにはなるけど、書いたものだけがコピーできて読む際の邪魔にならない。印刷技術の賜物ではありますが、それがユーザーの要望を上回る僕の回答です。
大内 打ち合わせで5,6名で使用するときに、A4サイズだと大きさが足りないときがあり大きなサイズが欲しいと要望しました(笑)。
福島 それに対する僕の回答は、大型な上に軽量なバタフライボード。大きいのに軽いというのは、それだけでプラスになること。いかにそこをクリアするかが開発の肝でした。
石原 ユーザーからしたら「そうきたか」という感じで、さらに次の展開が楽しみになります。
福島 ワクワクしてもらえる商品をつくりたいですね。とはいえ、モノをつくるうえで効率化は必要不可欠。これからもロボットの改良に力を注ぎながら、お客さまの要望の半歩先をいくアイデアを実現していきたいですね。どこに辿りつくかはかお客さまの要望次第だし、もっと言えば、そのときどきで僕が出す回答次第だと思っています。
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現在進行中の「バタフライボード漫画化プロジェクト」は下記からご覧いただけます。
→ ホワイトボードで1億円!幻冬舎ブランドコミックがバタフライボード創業物語を漫画化 (8/4 23:59 まで)