顔
これは音響効果のAさんから聞いた話だ。
その日はAさんが任されている映像作品の納品日だった。
すでに作業は終わっているが、最終チェックの段階で新たに修正依頼がくることは珍しくない。そのため、何かあったときにすぐ対応できるよう、納品完了の連絡があるまでは会社で待機しておくのが暗黙の了解となっている。
「とはいっても、こっちは待ってる間ヒマなので、そこまで苦じゃないですけどね。仕事が何本か重なってるときは大変ですけど、自分でスケジュール調整してるので、案外なんとかなってます。その日も急ぎの仕事は夜までに終わらせて、待機中は自由にしてました」
22時頃だろうか。夕飯を済ませ、私物のノートパソコンで映画を見ていたAさんの元に連絡が入った。クライアントからの修正の依頼だ。
メールで送られてきた指示を元に作業し、修正された最新データの再チェックが行われる。そこからまた新たな修正依頼の連絡が入り、指示通り作業し、再チェックをする。それを数回繰り返したあと、ようやくクライアントからOKが出た。
全てが終わった頃には、あと少しで日付が変わりそうな時間になっていた。
明日も仕事だし早く帰って寝よう。Aさんは荷物をまとめると、開きっぱなしになっていたノートパソコンの電源ボタンを押す。
次の瞬間、暗転したパソコンの画面に顔が映った。普通ならAさんの顔が映り込むはずだが、違った。
そこにいたのは、深いシワの刻まれた白髪の老婆だった。
「よくある怖い話だと、後ろに誰かがいたとか、そういう感じじゃないですか。でもそうじゃなくて、画面に映った自分の顔が全くの別人になってたんです。しかも、10秒くらいお婆さんの顔のままで、そのあとゆっくり自分の顔に戻っていったんです。だから、見間違いとか気のせいとか、絶対にありえません」
驚いたAさんはそのまま暫く動けずにいた。
はっと我にかえり背後を確認するも、もちろん誰かがいる様子はない。ノートパソコンにおかしなところもない。スリープモードを解除し、もう一度画面を暗転させてみても、こわばった顔のAさんが映るだけだった。
その後、上司や先輩に覚えている老婆の特徴を話してみたが、心当たりがある人間は一人もいなかった。
Aさんは今もあの老婆の顔を忘れられないでいる。