これは音響効果のAさんから聞いた話だ。 その日はAさんが任されている映像作品の納品日だった。 すでに作業は終わっているが、最終チェックの段階で新たに修正依頼がくることは珍しくない。そのため、何かあったときにすぐ対応できるよう、納品完了の連絡があるまでは会社で待機しておくのが暗黙の了解となっている。 「とはいっても、こっちは待ってる間ヒマなので、そこまで苦じゃないですけどね。仕事が何本か重なってるときは大変ですけど、自分でスケジュール調整してるので、案外なんとかなって
これはカメラマンのAさんから聞いた話だ。 入社して間もない頃、Aさんはオートロックのないアパートの一階に住んでいた。 「男の一人暮らしだし、入ってすぐは給料もそんなに高くないから、なるべく安い物件を選んだんです。ある程度余裕ができたら引っ越せばいいかと思って。いっても、築10年くらいでバストイレ別だったので、けっこういい所でしたけど」 ある日曜日の昼下がり。 ベッドに横になってテレビを見ていたAさんは、昼食後の満腹感と、暑くも寒くもない過ごしやすい気温に眠気を
これは広報部のAさんから聞いた話だ。 学生の頃、Aさんには追っかけをしているアイドルがいた。 「私が通ってた高校はアルバイト禁止だったんですけど、みんな隠れてやってたし、私もしてました。だって、特典のためにCDは全形態買わないといけないし、毎月どこかの雑誌に載るからそれも買わないといけない。それにプラスで、チケット代にグッズ代、交通費や宿泊費もかかる。あの頃の私は、とにかくお金が必要だったんです」 お金がかかるのは好きなアイドルに関するものだけではない。年頃の女の子
これは従兄弟のAくんから聞いた話だ。 Aくんが通っていた中学校には購買部があったという。 「職員室のすぐ横に、引き違い窓と木のカウンターが設置されてるんだよ。テイクアウト用の小さなカウンターみたいな感じのやつ。そこで文房具とか上履きとか、あと制服のボタンも売ってた」 購買部を利用できるのは月、水、金の週三日。時間は始業前、昼休み、放課後のそれぞれ10分間のみ。販売するのは全クラスから2名ずつ選ばれた購買委員の生徒で、1年1組から順番に一日交代で担当が回ってくるように
これは照明部のAさんから聞いた話だ。 土曜の夕方、待ち合わせ場所の駅はたくさんの人で混雑していた。 Aさんは邪魔にならないよう改札横の空いているスペースに移動し、バッグからスマホを取り出す。画面には新着メッセージの通知が来ている。 それは約束をしていた彼氏からで、10分ほど遅れることへの謝罪と、お辞儀をしている猫のスタンプが送られてきていた。 「私も彼もよく遅刻するので、そのときはいつものことかって思いました。彼が来るまで暇だから、好きな芸人さんの動画を見ながら待
これは映像制作部のAさんから聞いた話だ。 その日は朝からミーティングが入っており、午後はAさんと先輩の二人でとある番組の映像を確認する予定だった。 「午前中のミーティングがスムーズに進んで、予定より早く終わったので、会社の近くにある喫茶店に行くことにしました。あそこ、お昼になると行列ができるから、チャンスだと思って。前にコーヒーがすごく美味しいって聞いて、一度でいいから行ってみたかったんですよね」 Aさんの読み通り、喫茶店にはいつもの行列はなく、すんなり店内に入るこ
これは会社近くのカフェで働くAさんから聞いた話だ。 高校の卒業式の日。謝恩会に出席したAさんは、友人たちとの談笑を楽しみながらも、どこかで早く終わらないかなと考えていた。 「私、バドミントン部に入ってたんですけど、そこに仲のいい子がいたんです。たぶん、私も彼女もお互いを親友だと思ってました。その子とはクラスが違うので、謝恩会が終わったら二人で遊ぼうって約束をしてて、それでずーっとソワソワしてました」 閉会の挨拶が終わると、クラスメイトに声をかけられる前に会場を出
これは編集部のAさんから聞いた話だ。 Aさんは住んでいるアパートから会社までのおよそ15kmの距離を、毎日自転車で往復していた。 初めはバスか電車での通勤も考えたが、運動不足解消と気分転換にもなり、彼女は自転車を選んで満足していた。 ある日の仕事終わり、いつもの道を自転車で走っているときだった。 時刻は夜の10時過ぎで、車は滅多に通らない。そのため、後方から自転車を漕ぐ音が近づいてくることに、すぐに気がついた。 「私、一人暮らしだから、後ろに誰かがいると警戒
これは美術スタッフのAさんから聞いた話だ。 「地下の美術倉庫って行ったことあります? 俺らみたいな限られた人しか使わないから知らないかもしれないですけど、エレベーターから一番遠い場所にあるんですよ。それで、エレベーターから美術倉庫に繋がってる真っ直ぐな通路、あそこを通るときは何があっても振り向くなって言われてるんです」 先輩から聞いた噂だが、通路を歩いていると後ろから肩を叩かれたり、突然電気がチカチカと点滅したりするらしい。 もし振り向いてしまったらどうなるのか。そ
これはCGデザイナーのAさんから聞いた話だ。 地元の専門学校に通っていたAさんは、都内の大手広告会社に内定を貰ったこともあり、卒業と同時に一人暮らしを始めた。 試用期間である最初の3ヶ月は定時で帰ることができたが、正社員になった途端、残業が当たり前になったという。 「まあ、面接のときに軽く聞いてたから、しょうがないかなって感じでした。それに、人間関係も給料も悪くなかったので、特に不満はありませんでした。で、正社員になって一週間くらいたった頃かなあ。アパートに帰ってき
これはクライアント先のAさんがまだ小さかった頃の話だ。 保育園の先生、同じクラスの保護者、地域の大人たちが持つAさんのイメージは『おとなしくて無口な女の子』だった。 自分から積極的に話しかけることはなく、休み時間や自由時間になると、いつも教室の隅で静かに絵本を読んでいたという。 「私、喋り始めるのがすごく遅かったんです。だから、なかなか友達が作れない私のことを両親はすごく心配してました。小学校に上がったら環境も変わるし新しい友達ができるかもって期待してたみたいですけ
これは大学時代の後輩のAくんから聞いた話だ。 「俺んち、父親が転勤族だったから小学生の頃に何回か転校してるんです。色々と大変でしたけど、俺は父親のこと大好きだったから、一緒にいられて嬉しいって気持ちのほうが大きかったですね。で、●●●ってところに引っ越したときのことなんですけど、そこに名物おじさんがいたんです」 小学校の正門を出てすぐにある公衆電話ボックスの横が、おじさんの定位置だったという。 月曜から金曜まで、雨の日でも雪の日でも、子供たちが登下校の時間は必ずそこ
これは制作デスクのAさんから聞いた話だ。 ある年の春、一人の女性が制作部に入ってきた。 彼女はとても真面目で頑張り屋だったが、極度の人見知りで、周りと上手く馴染めずにいた。 「彼女を見てると、なんだか昔の自分を思い出しちゃうんですよね。私が入社したときは女子が私一人だけしかいなくて、同期たちと少し距離があったから。あ、今は仲良いですよ? まあ、そんなことがあったから、彼女のことを気にかけるようにしてたんです」 出社したときは顔を見て挨拶し、社内ですれ違ったときは「
これは経営管理部のAさんから聞いた話だ。 毎朝8時40分に出社、自販機コーナーで無糖のコーヒーを購入してから自分のデスクに向かい、買ってきた朝食(コンビニのたまごサンド)を食べ、9時に業務を開始する。それがAさんのルーティーンだった。 月曜日、いつもの時間にAさんが出社すると、デスクに水色の付箋が貼られている。付箋には達筆な字でこう書かれてあった。 “これを他の人に回さなければあなたに不幸が訪れます” 「それを見て、また企画部が検証をやってるんだろうなって
これはAさんが撮影部に入りたての頃の話だ。 当時、Aさんはカメラアシスタントとして働いていた。 その日は屋外での撮影で、先輩の指示通り準備をしていると、少し離れた場所に微動だにせず立っている人がいることに気がつく。 髪は長くもなく短くもなく、服装はシャツとパンツどちらも暗い色で揃えられていた。俯いているため顔は見えず、Aさんはその人が男性か女性かわからなかったという。 「撮影場所って毎回変わるし、一日で何箇所も回ったりするけど、どこに行ってもその人がいるんです。最
小さい頃、おばあちゃん家の寝室が怖かった。 廊下の突き当たりにある寝室は、常にカーテンが閉まっているせいで昼間でも薄暗く、気味が悪かったのを覚えている。 その日はたまたま学校が休みで、私は母に連れられておばあちゃんの家に向かっていた。どうやら掃除をしにいくらしい。 おばあちゃんは物を捨てられない人で、玄関には不要な郵便物が山のように積んであったり、台所には賞味期限切れの食べ物や調味料がところ狭しと並んでいるのが当たり前だった。 そんなおばあちゃんの家がゴミ屋敷に