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理不尽すぎた正月

2020年、元旦。娘が一切笑わなくなった。

それどころか、40度の熱を出し、救急病院に駆け込んだ。インフルエンザので受診する具合の悪そうな人々に囲まれ、予防接種をしなかった私は気が気ではなかった。鼻も出てるし、喉も赤い。娘は幸いインフルエンザではなかったので、薬をもらって帰宅した。

不機嫌な赤子ほど、厄介なものはない。

手を煩わされたとしても、ニコニコと笑ってくれさえすれば「しょうがないなあ」とこちらもつい世話を焼きたくなる。だからこそ、何も力を持たない赤ん坊は生き延びられるのだ。

だったら、具合が悪い今こそ「大人に世話をさせるためにニコニコする」を発動するときではないのか。大人の私だって、具合が悪いときに誰かに優しくされたら「ごめんね、ありがとう…ごほごほ…」と同情を引いたりする。

それがどうだろう。2020年になった途端、うちの赤子は「気に食わないスイッチ」が発動してしまった。発動まちがい!

常に機嫌が悪く、ちょっとしたこと(本を閉じたとか、立ち上がったとか)で、ブチ切れるのである。「あれがほしい」と言うから取ってくると「いらない!」と言ってブチ切れて手がつけられなくなる。理不尽にも程がある。

あやそうとしても、ニコリともしない。冷たい目で私を見つめて、突然むしゃくしゃしたようにソファを殴り、奇声を発しながら転がってゆく始末。

なんだ…?なんなんだ、これは…。熱があるとはいえ、あまりの豹変ぶりに困惑である。

薬もイヤ、おもちゃもイヤ、ごはんもイヤ、おやつもイヤ、抱っこもイヤ、座るのもイヤ、イヤイヤイヤイヤ…!

まさか、これがイヤイヤ期なのか…?

何よりも辛かったのは、泣く以外の娘の「表情」が消えてしまったこと。これまで培ってきた、さまざまな表情がすべてなくなってしまったようであった。

熱は下がった、鼻水も止まった。それでも、娘の不機嫌は増すばかりだった。相当、イライラむしゃくしゃするようである。15歳頃の自分を見ているようである。

最初は「熱があるもんね、しょうがないよね」と仏のような対応していた私も、そのうち「私の顔がそんなに気に食わないかっ」と娘を窓から放り投げそうになった。そんなはずがない、とわかっていても「ずっとこのままだったら」という不安が募った頃。

6日目の朝、娘のおむつを替えていた夫が「おーい」と呼んだ。

「なんか赤いポツポツができてる。なんだろう?」

おなかと背中に広がる赤い斑点を見るやいなや、不安そうな夫に向かって叫んだ。

「これは…!!突発性発疹とやらでは!!!!!」

赤子を抱える人のほとんどが聞いたことがあるであろう『突発性発疹』とは、別名「不機嫌病」とも呼ばれる病である。

2歳までの赤ちゃんの90%がかかるというこの病気の特徴は「突然の高熱が数日ですっと下がり、その後はおなかを中心に赤い発疹が出る」というもの。ただ発疹が出るまでは、医者であっても他の風邪と区別することができない。さらに厄介なのは、熱が下がったあとに子どもが「これまでにないほどに不機嫌になる」ということだ。

まさに…!まさに、これじゃないか!!

すうっと体から力が抜けていくのがわかった。不機嫌の原因はこれだったんだ。私のことが嫌いなわけでも、風邪なわけでもなかった。ただ、この厄介な病気のせいだったんだ。

「発疹が収まるとともに、不機嫌も治ります」

説明文の言葉に泣いた。もっと早く教えてほしかった…。いや、気づかなかった自分が悪いのは百も承知で、その上で言わせてほしい。発疹が先に出てよ!ちょっと先に「これから不機嫌くるで!」と準備させてよ!医者すら見分けつかない高熱じゃ、わかんないよ!バカ!

それから、おなかの斑点が消えるのと同時に、本当に赤子の機嫌は治った。こっちを見て、ニコォっと笑ったとき、また泣いた。初めて笑ったときと同じくらい、この笑顔が愛しいと思った。

長い正月であった。1週間とは思えぬほどに、私たち夫婦はすでに疲弊している。

「治って本当によかったねえ」

そう言いながら、私は今、とても恐れているのだ。

不機嫌な娘の状態をTwitterでつぶやいたところ、先輩ママパパから「それはイヤイヤ期だね」と太鼓判を押されてしまっていた。今回は突発性発疹という病気が原因だったけれど、つまり、そのときは必ず来る!ということなのである。

現在、1歳半。この元旦は、あと半年後を目安に訪れる「イヤイヤ期」のお試し期間だったと思うと、今からあの理不尽に耐えられる術を身に着けなくてはと気を引き締めるのであった。

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