医学教育の漫画・ゲーム展開の可能性

 マンガ「はたらく細胞」は、血液凝固から液性免疫、がんの発生など、各種細胞を擬人化して説明している。人間ドラマとして演出されることで、生理機能を非常にわかりやすく子供たちに提供してくれた。この医学教育の娯楽メディア展開の成功例から今後の可能性を考察してみたい。(小野堅太郎)

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 46歳となったジジイの自分からすると子供時代、「マンガ日本の歴史」シリーズと横山光輝著「三国志」は歴史を学ぶ上で楽しい教科書であった。個人的には歴史漫画ベストは、高校生のとき読んだ「風雲児たち(みなもと太郎著)」である(みなもと太郎先生のご冥福をお祈りします。「マンガの歴史」も楽しみだったのですが・・・。未完)。ゲーム「信長の野望」は令制国という旧時代の日本国内領地を子供たちに広めてくれた。このような内容を学校の教科書や参考書から学んでも全く頭に残らなかったはずである。「はたらく細胞」も含めて、ストーリー(ナラティブ)に登場人物(擬人化された細胞)や出来事(生理機能)を組み込むことで、人は自然と学ぶことができる。

 同じことは、絵のない「小説」でも行われてきた。歴史小説家として有名な司馬遼太郎氏の作品は数々の日本史上の英雄を生み出してきた。坂本龍馬は数々の小説家、舞台演劇家、TV脚本家により創作され、おそらく明治維新の最大の英雄として現在の日本で知られている。彼の活躍による薩長同盟などのストーリーから、我々は西郷隆盛や桂小五郎(木戸孝允)など他の歴史上人物たちの偉業を知っている。しかし、実際の明治維新期を紐解くと坂本龍馬は、ほぼ無名の人物であり、多くのエピソードが創作であったことがわかっている。ここら辺は、私の大好きなマンガ「おーい竜馬」の原作者でもある俳優・武田鉄矢氏主演のドラマ「小河ドラマ 龍馬がくる」が面白いので、観ていただきたい(NETFLIXでみれます)。

https://www.netflix.com/jp/title/81444734

 物語への没頭には、主人公を中心とした登場人物たちの魅力が必要なため「美化すること」は避けられない。多少史実を曲げてでも、感動エピソードがないと読者を引き込めないし、本が売れない。文字だけが並ぶ本よりも、マンガやドラマという視覚演出はわかりやすく、登場人物たちの外見も著しく美化される。坂本龍馬は写真が残っているが、漫画やTVドラマ、映画での風貌とは著しく異なる(「小河ドラマ 龍馬がくる」は似てる(笑))。ゲームも同じで、「信長の野望」の影響で、現在の織田信長のイメージは精悍な顔立ちの眉がきりっとした二枚目である。しかし、現存する肖像画ではヒョロっとした色白のおじさんである。何が言いたいかというと、歴史物は事実を基にした創作であるので、大まかな史実の普及には役に立つものの、詳細は捻じ曲げられ、悪いエピソードは都合よく削られて、真実からほど遠いものとなってしまう。これは学問そのものにとっては「良い」とは言い切れない部分がある。

 一方、マンガ「日本の歴史」は極力、美化は抑えられている。「はたらく細胞」は生理学という学問を教授している小野の視点から見て、問題となる部分が圧倒的に少ない。「はたらく細胞」は、学問の漫画利用として商業的に成功した稀な例である。細胞の擬人化により、生理機能の因果関係をストーリーで魅せるという発想自体は新しいものではなかったが、ストーリーに織り込んだギャグとシリアスなストーリーが、学問を大きくゆがめずに読者の心をつかむのに成功した。しかしながら、ここまでの成功には「才能」「時代」といった要素が大きい。

 さて、医学をどのように漫画化していくのかを考えます。細胞の機能に関しては擬人化によるキャラクター化が有効である。分子機能に関しては細胞擬人化キャラクターの特殊能力として設定できる。臓器レベルの話ではキャラクター集合体による組織化、そして生体レベルでの話は国のような総括的集合体として語れるかもしれない。では、この設定でどうやってストーリーを組み立てるのか。そこが一番難しい。小野が専門としている神経系ならどうだろうか。考えても大したアイディアは出てこない自信があるので、最近は男女ともに人気のあるジャンプ系漫画の王道ストーリーを適用してみよう。

 まず絶大な力を持つ悪役(villain)が必要であるが、神経系なら「神経障害」に関するものとなる。末梢では「神経障害性疼痛」で、中枢なら「パーキンソン病」や「認知症」となる。最近は、これらも「免疫系」を語ることなしに説明できなくなっている。神経障害は、外的・内的環境の変化による不可逆的神経死もしくは過剰興奮、そして老化を踏まえなくてはいけない。DCだとジョーカー的な登場人物に象徴させてもいいのかもしれない。つまり、病原体や癌細胞の様にエイリアン風ではなく、社会の中から出てくる歪んだ個性でなくてはならない。

 登場人物は、末梢神経、中枢神経、グリア細胞(シュワン、アストロサイト、ミクログリア)。これらの特殊能力は、それぞれ外部知覚、組織化情報処理、形態・免疫となるだろう。他にも骨格筋、平滑筋、心筋、副腎や各種臓器が集合体として登場する。全体として統一されたコミュニティーを形成しており、恒常性(ホメオスタシス)のために調和している。そこにジョーカーみたいな象徴ヴィランが現れて、悪い仲間を増やし、コミュニティーの破壊をもくろむという内容である。

 主人公は実直で誠実なタイプで、幼いとき(未分化時)のジョーカーとの出会いから傷を負うも潜在的チート状態にある。臆病だがいざという時に頼りになる相棒Aと腕力に物を言わせ粗野だが心の芯は優しい相棒B。クールで主人公を導いてくれる先輩Cやその仲間たち。そして主人公たちを指導し、見守ってくれる老師。一見その他大勢で、神経のサポート役のアストロサイトやミクログリアは、ジョーカーに誘惑されて闇落ちしやすい。友情あり、裏切りあり、和解がありながら、自死(アポトーシス)を起こす奴もいるし、増殖起点(幹細胞)となる奴もいる。種々の登場人物が活躍し、時にはその過去が明かされる。繰り返される死闘の中、ジョーカーも最後には、ホントは良いやつだった、という風に物語が終わる、、、いかがだろうか。

 漫画化に成功したなら、次はアニメ化とゲーム化である。これにより、医学用語と機能についての教育普及が可能となる。しかし、・・・誰がこの漫画を描いてくれるというのだ!?

 もう一つの展開は、ゲーム化である。擬人化による漫画展開は、我々研究者にはハードルが高すぎる。そこで考えたのが、カード・ボードゲーム、もしくはそれらのゲーム性をスマホに持ち込んだアプリゲームである。漫画化よりはハードルが低いように感じる。

 ゲームはリスクとリターンのバランスである。努力した分、報われないとゲームにならない。試験なるものは、そもそもゲーム性があり、教育との親和性は高い。勉強した分だけ点数(評価)が高いなら満足感が得られるが、勉強しても重箱の隅問題で解けないような場合は面白くないので勉強しなくなってしまう。よって、試験というのはリスク(勉強する努力)とリターン(成績上位・単位習得)のバランスにより成り立っている。

 ソリティアなるWindowsなら標準で入っているカードゲームは皆さんご存じだろう。トランプ(4種のマークに13まで番号が打たれたもの)からランダムに提示されるものを順番に並べるだけのゲームだが、特に報酬はないもののやみつきになる。きっちり全部並べることができると、我々はなぜか嬉しい。これが報酬となっていて、並べられないとやり直し、それなりの作戦を立てながら、確率の高い手順を試行錯誤で選択していく楽しさがある。つまり、「戦略性」を付与することで努力が生まれ、リスク部分を深めることができる。

 一方、スマホアプリでは、リスクの低い非常に単純なゲームがあるが、得点数のランキングが表示されると「何とか上に行ってやろう!」と頑張ったりする。これは、他人より優位であるという報酬を得ている。TVでやたらクイズ番組が多いが、昔と比べて難易度が下がっている。これは、「TV出演者より、自分の方が答えれた!」という優位性が報酬となっているのだろう。つまり、報酬とは金銭的なものや「達成感」だけでなく、「他人より優位」であることでも得ることができる。

 では、教育ゲームにどのようにリスクとリターンを付与するのかを考えます。単純に、暗記という努力リスクをして、点数付与とランキング表示により報酬リターンを得る、というのが思いつきます。しかしこれでは、通常の勉強と変わりなく、本記事の意義に反します。気軽に勉強に没頭するコンテンツが必要です。やはりここで、漫画と同じように「ストーリー」が必要となってきます。というわけで、アドベンチャーゲームもしくはRPGでの展開です。アクション系ゲームではダメです。先の漫画シナリオ設定を踏襲します。ストーリーに沿って、ゲームを進めるわけです。

 実は、このゲーム形式の医学教育を経験したことがあります。かつて本学の5年生で行われたテュートリアル授業でした。マナビ研究室動画で「大学経営」について語っていただいた放射線科の森本先生が運用されていました。ある主訴を持った患者がシナリオに登場します。8人の学生が話し合い、必要な診断法・検査法を話し合います。テューターとして参加していた小野は、学生が適切な選択をすると、その検査項目や撮影像を提示します。すると学生は、それから診断を下し、さらなる鑑別診断を提案すれば、テューターがそれを提示する、という流れです。子供の頃、テーブルトークRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ(略してD&D)」をやっていた小野は、ノリノリになってゲームマスター気分で参加させてもらいました。

 おいおい、誰がこのシナリオを描いてくれるというのだ!?え?できます!医療系大学教員ならいくらでもシナリオ作れます。患者のデータをそのまま使うことはできませんが、何とか教育用に揃えることは可能です。複数の専門分野の医療人と基礎研究者が一緒に取り組めば、医学をシミュレーションするテーブルトークRPG「ダイアグノーシス&ディジーズ(Diagnosis & Diseases: 略してD&D)」を作れます。診断のためには基礎医学の知識と検査法、そして各種病名の知識に基づいた診断が必要です。

 今後、こういった試みを企画していきたいと思います。 


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