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基礎実習のオンライン化を考えなければいけない(その1)

 対面講義さえ中止しているさなか、対面でしか行えない実験などの基礎実習はどう対応すればいいのか。三密を避けた基礎実習のためにオンライン化はどこまで可能なのかを考察したい。(小野堅太郎)

 歯学部における実習は大きく3つに分けられる。私のような基礎医学系教員が行う実験などによる「基礎実習」、臨床系教員による模型を使った手先トレーニングを目的とした「臨床前実習」、そして実際に患者さんの治療に携わる「臨床実習」。これらは目的によって分けられている。基礎実習は、座学で学んだことを実際に体験して知識の定着を図るものである。臨床前実習は、患者さんの治療を行う前に歯科医療技術を習得することである。模型は使わないが、患者との接遇や問診などといった医療面接に関する学生同士での相互実習もあり、臨床前実習に含まれる。臨床実習は、歯科医師として独り立ちする前に臨床教員の指導の下で治療を習得する目的である。臨床実習は、おのずからオンライン化は不可能であることは周知であるが、基礎実習と臨床前実習にはオンライン化の余地がある。

 三密(密閉、密集、密接)を避けるためには、①実習室の十分な換気、②学生集団の分割による2部実習、③学生・教員のマスク着用と手指消毒、が容易に思いつくことだろう。しかし実際には多くの問題がある。換気の際には暑くても寒くてもダメで、風がある場合などは実験や模型実習の障害となってしまう。十分な換気扇を持った実習室が必要となる。2部実習は、同じ内容の実習を2回行うということなので、単純に教員の負担が2倍になる。指導上、教員と学生または学生同士の密接は避けられないため、マスク着用と手指消毒が必要となり実習コストが上がってくる。2020年5月中旬では緊急事態宣言が多くの県で解除されたため、これらの問題に対して大学は緊急に対応すべき案件となっている。

 では、これ以前の緊急事態宣言下においては、どのように対応されてきたのか。九州歯科大学ではすべての実習が中止され、講義をオンライン化して前倒しで行われてきた。福岡県の緊急事態宣言解除に応じて、上記の対策がなされた2部実習が来週より始まる。基礎実習に関して他大学の事情を聴くと、九歯大と同じ対応をしたところもあれば、実習をすべて動画コンテンツにしてレポート課題を課したところがあった。講義の動画作成は基本的に講義風景の撮影をして非常に簡単な編集(前と後ろのカットと途中でとちったところのカット)で仕上がってしまうが、実習動画は高度な編集を必要とする。多くのカットを切って、カメラアングルや、引きや寄せを考えなければならない。編集時点でもナレーションやテロップの挿入が必要となる。過去の実習実験の代表例を引っ張り出してきてデータをまとめ、解説するシーンも必要となってくる。動画編集の経験などない大学教員に至ってはかなりの負担となったことは想像に難くない。また、出来上がった動画を見たからと言って「実際に体験して知識の定着を図る」という目的を果たせたかというと非常に心もとない。実験ではたまに失敗することもあり、「なぜ失敗したのか。」と考えることも科学学習において非常に重要であるのに、その経験がないのは非常に寂しい。言葉では伝わらないことを経験を通して身に浸透させることが基礎実習の目的であるので、教育の最も重要な部分が失われていることは否めない。この緊急事態において、動画対応はベストな選択であったことは間違いなく、教員の不安はあれど、学生や世間のコンセンサスは得られるだろう。

 では、来年度以降はどうなるのか。この状況は終息しているのか、はてさて緊急事態解除のたびに繰り返される感染の波に対応しているのか、世界の誰も予想できない。第二波の到来におびえながら、これまでと同じ実習を想定していては未来が見えない。もし第二波到来により実習ができなくなったとしたら・・・。実習は科目に応じて実験の内容は異なる。三密を避けた少人数でも可能な実験内容の見直しとオンラインコンテンツによる実習時間の削減は、もうその目の前に迫っている。

 (その2へ、つづく)


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