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アスリートは多くの負債を抱えて走る:酸素負債の話

運動時には呼吸が荒くなる。その理由は運動するためにエネルギーが必要で、そのエネルギー産生のため酸素が必要だから。でも運動後も、しばらくハァ~ハァ~ゼェ~ゼェ~と呼吸が荒いままなのはなぜ?このとき摂取する酸素は何に使われているの?(吉野賢一)

100 m競走を例に挙げて、運動に必要だと考えられる酸素量、および実際に呼吸により摂取される酸素量を考えてみよう。
必要な酸素量
① スタート時:安静時と同じ必要量(運動していないから)。
② スタート ~ 数十 m:いきなり最大限の必要量(全力運動だから)。
③ 数十 m ~ ゴール:最大限の必要量(全力運動だから)。
④ ゴール後:安静時と同じ必要量(運動していないから)。
摂取する酸素量
① スタート時:安静時と同じ摂取量(運動していないから)
② スタート ~ 数十 m:徐々に増える摂取量(全力運動だけど
③ 数十 m ~ ゴール:最大限の摂取量(全力運動だから)。
④ ゴール後:徐々に減る摂取量(運動していないのに

②の必要量と摂取量の差が負債のはじまり:スタート直後、いきなり最大限の酸素が必要にもかからわず、呼吸はいきなりハァ~ハァ~ゼェ~ゼェ~となりません。酸素摂取量は徐々に増えるだけで、呼吸が最大限に荒くなるのはしばらく走ってからです。つまりスタート ~ 数十 mの間は「必要な酸素量>摂取する酸素量」となり、この時の足りない酸素をまるでどこかから借りようにしてエネルギーを作ります。これを酸素負債と呼んでいます。実際この間のエネルギーの産生は酸素を使わず(借りず)に行われます。

③でも負債:全力で運動している間は、最大限ハァ~ハァ~ゼェ~ゼェ~の呼吸でも十分な酸素が補われません。全力運動中は「必要な酸素量>摂取する酸素量」の状態が続きますので、酸素負債はどんどん膨らみます。

④の矛盾が返済:ゴール後は運動を止めますから、安静時と同じ酸素摂取量で十分なはずです。にもかかわらず、ゴール後もハァ~ハァ~ゼェ~ゼェ~と荒い呼吸がしばらく続きます。呼吸が落ち着くのはしばらく休んでからで、酸素摂取量は徐々に減るのです。運動していないのに荒い呼吸が続き、この間は一見無駄に酸素を摂取しているように見えます。この酸素が、酸素負債の返済に使われています。酸素も「借りたら返す」のです。

エネルギー産生と負債:運動するにはエネルギー(ATP)が必要です。そのエネルギーは酸素を使うと効率よく産生(ATP合成)できます。ところが、呼吸によって十分な酸素を供給することができない激しい運動では、酸素を使わない方法(解糖系やATP-PCr系など)でエネルギーを産生しています。このとき負債を抱えるわけです。

アスリートの酸素負債:アスリートは、長時間全力で運動できます(種目にもよりますが)。それは彼らが、一般人よりも多くの酸素負債を抱えることができるからです。アスリートは、より速く、より高く、より強く、より酸素負債を抱えることができるようにトレーニングしているのです。

補足①:無酸素運動とは、酸素負債が生じるような激しい運動です。有酸素運動とは、酸素負債がほとんど生じない散歩やジョギングなどのゆったりした運動です。

補足②:例に挙げた100 m競走は、スタートから全力で加速、加速後に一定のスピードを維持してゴール、加速とスピード維持には同じエネルギー量が消費、ゴール後は一切の運動なし、緊張や集中などの精神活動に消費される酸素は無視、などと想定しています。


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