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名探偵デュパンは正しく星を見る:視細胞分布と順応

エドガー・アラン・ポーは世界初の名探偵を世に送り出した。その名はオーギュスト・デュパン。デュパンはシャーロック・ホームズ(コナン・ドイル)に多大なる影響を与えた人物。モルグ街の殺人(1841年発表)での彼のセリフと生理学的知識に感動。(吉野賢一)

デュパンのセリフ:真実はいつも井戸の中に潜んでいるわけじゃない。じっさい、重要な知識に関する限り、真実というのはたえず表層に存在するものだ。(中略)ひとつの星を一瞥したとすると・・・星を観察するのに、斜めに、網膜の外側を向けたとすると(網膜の内側に比べ、外側であれば微かな光でも感知しやすいからだ)、星がはっきり見える。(中略)粘り強く集中して真正面から見据える観察方法も、ひとたび行き過ぎると、かの金星すら天空から抹消してしまうことになりかねない。(巽 孝之訳)

斜めの観察で星がはっきり見える:その通り!生理学的に正しい星の観察法である。網膜には錐体と杆体の2種類の視細胞がある。明るいところで見るときは錐体が、夜空の星を観察するときの様に暗いところでは杆体が働く。錐体は網膜の中心窩(注視したときに像を結ぶところ)に密集している。 だから昼間はしっかり見た方が良く見える。一方、杆体は中心窩には無く、その周りに密に分布する。天体観測するときは、斜めの観察で中心窩から少し外れた網膜に像が結ぶように見ると星ははっきり見えるのである。さすがデュパン!

ちょっと訂正:デュパンのセリフの「網膜の外側に向けたとすると(網膜の内側に比べ・・・)、星がはっきり見える」にはちょっと疑問。杆体の分布は外側(耳側)と内側(鼻側)でほとんど差はないので「斜めに見る」で十分のはず。内と外でこだわるなら内側の方がほんの少し密なので、向けるなら外側じゃなく内側に向けた方が良いですよ。逆です、デュパン。

金星が天空から消える!?:その通り!感覚には順応(慣れ)があるから。刺激が持続すると感覚受容器の感度が下がるため、湯船につかっていると最初ほど熱さを感じなくなるし、冷たいものを食べ続けると冷たさを感じなくなる。したがって金星も見続けると、視細胞への持続的な光刺激により見え難くなって天空から消えるのだ。金星に限らず太陽も月も、目の前のリンゴも時計も見続けると消えるのだ~。さすがデュパン!

ちょっと補足:じっさいには金星が天空から消えることはありません。私たちの目は注視しているときでもプルプルと微妙に動いていて(マイクロサッケード)、見ているものが消えてしまうような順応は起こらないようになっています。もし、天空から金星を消すには、麻酔とかで完全に眼球運動が起こらないようにして夜空を見上げる必要があります。だからデュパンも「観察方法も、ひとたび行き過ぎると、かの金星すら天空から抹消」と言ってます。行き過ぎた観察とは麻酔のことですね。それにしても、犯人の星ともかけた素晴らしい描写。

余談:パフェのうえにウエハースがのってますよね。最初にウエハース食べたらダメですよ。ウエハースは「冷たいものを食べ続けると冷たさを感じなくなる」のをリセットするためにあります。途中で食べてくださいね。

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