鋼(スティール)の発見:道具と武器の歴史②

 石器から5000年前の青銅の時代への移行について前記事で話をしました。いよいよ、紀元前1400年のヒッタイト王国で「鉄の精錬」技術が誕生します。身近にある鉄がなぜ、青銅より普及が遅れたのでしょうか。解説してみます。(小野堅太郎)

 鉄の融点は1500℃と高いため、鉄鉱石や砂鉄を溶かして青銅(融点900℃)のように鋳造するにはかなりの技術力を要しました。厳密に言うと、鉄鉱石や砂鉄は鉄(Fe)ではなく、酸化鉄(Fe2O3)の状態にあります。Feはとにかくいろんな物質との反応性が高く、特に酸素との結合能が高いです。鉄がよく錆びる(酸化する)のは皆さんもよく知るところです。ラボアジェの記事で、彼が鉄管を使って水から水素(H2)を取り出した実験法を紹介しましたが、水(H2O)から酸素元素を奪うくらい鉄の反応性は高いわけです。

 我々の血液の中にある赤い細胞「赤血球」が酸素を運び、呼吸ができています。赤血球内で、鉄元素はポルフィリン環により取り囲まれた「ヘム鉄」の状態にあり、これにグロビンというタンパク質と結合したものが、「ヘモグロビン」と呼ばれています。この鉄元素のおかげで容易に酸素を結合して運び、酸素の足りない組織に放出する化学反応を引き起こしているわけです。先のラボアジェの記事内では割愛しましたが、彼は酸素の発見後はずっと「呼吸」の研究をやっていました。

 紀元前のヒッタイト王国のとある鍛冶場で、おそらく、硬い鉄鉱石を何とか加工できないかと、火のついた木炭の中に突っ込んだのでしょう。400℃を超えると鉄は溶けはしませんが、赤くひかり、少し柔らかくなります。炭は燃えている時、一酸化炭素をかなり発生させます。あれ?C+O2→CO2では?と思われるでしょうが、産生した二酸化炭素が高温状態では炭素と反応してCO2+C→2COとなるわけです。

 さて、この一酸化炭素ですが、酸素よりも鉄元素との反応性がかなり高いため、鉄元素から酸素を外して二酸化炭素となります(3CO+Fe2O3→3CO2+2Fe)。人間では、一酸化炭素はヘム鉄への酸素結合を阻害するので「窒息」状態となります。「火災の被害者が火傷がないのに亡くなっていた」というのは、不完全燃焼で発生した一酸化炭素のせいです(この場合は、2C+O2→2COとなります)。ここら辺の詳しい反応性や不純物除去については、wikipedia「高炉」が詳しいので参考にしてください。

 二酸化炭素はガスですので、熱せられて柔くなった鉄鉱石(もしくは砂鉄の集まり)にボコボコと気泡を作ってしまいます。冷えて放置したら、また空気中の酸素と反応して酸化鉄となりますが、「鉄は熱いうちに打て」です。赤く光っているうちに、硬い台の上で硬いハンマーでガンガン叩いて、ボコボコにならないようにペチャンコにしていきます。そうすると純な鉄が得られていくわけです。

 さらにです。木炭に直接突っ込んでいたので、表面には炭素元素Cがたくさんついています。FeとCとが混ざって、合金「鋼(スティール)」が出来上がったわけです。Feのモース硬度は5.5ですが、鋼になると7.5です。猛烈に硬い金属が出来上がったわけです。時間をかければ、鉄を叩くことで少しずつ形を伸ばしていき、成型することができます。青銅器の製造に比べたら、かなりの長時間の力仕事になりますが、とんでもなく硬い道具と武器が手に入ったわけです。

 金属加工の偶然できた鋼の性質を信じて、絶え間ないトライ・アンド・エラーから今から3500年前のヒッタイト国で「鉄の精錬」が成功しました。この強烈な金属の作製方法は国内で秘密にされたのですが、紀元前1200年ごろのヒッタイト国滅亡をきっかけにして、国外のメソポタミア・エジプト地域に錬鉄技術が拡散します。この鉄器はいずれ、青銅器と一緒に弥生時代の日本にも流れ込んできます。

 鉄器を独占した最強のヒッタイト国がなぜ滅亡したのかって?・・・どうも内紛が続いて国力が低下し、「海の民」と呼ばれる軍勢に攻められたようです(海の民はエトルリア人との説あり)。どんなに強い武器を持っていても、内側が崩れてしまったらどんなに強い武器も役立たずです。

 青銅器と同じく、鉄器は農業と狩猟をさらに効率化しました。充足した食の供給により都市が形成され、その中で支配階級が形成されていきます。紀元前1000年ごろには、アッシリアで常備軍が編成されています。歯科医療の歴史シリーズのヒポクラテスの活躍した紀元前5世紀では、鉄器の武器を使った戦争が主流になってきた時代ということになります。紀元前3世紀のアジアでは、漫画「キングダム」の舞台である「秦」が台頭してきますが、まだ鉄器の武器は少なく、漫画に出てくる剣などの武器は「青銅器」ということになります。兵馬俑の粘土像はいろんな武具・鎧をつけていますが、おそらくこれらも青銅製だったと思われます。

 それでは今回はこの辺で終わりにします。鉄はさらに進化していきます。ダマスカス鋼や日本刀についても、いずれ解説したいと思います。弓矢、槍、刀剣だけでなく、銃器にも鉄は欠かせません。となると、鉄鉱石を溶かしきる銑鉄(せんてつ)についても話さないと・・・。

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