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セミナーで最新論文を紹介する:科学論文をスラスラ読むには③

 科学論文にはお作法がある。このお作法を知ってしまえば、読み解くのにそう問題は無くなる。お作法には書式のような見栄えだけでなく、論理性に基づく裏ルールも存在する。これらについて解説する。(小野堅太郎)

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 さて、「科学論文をスラスラ読むには」のシリーズですが、スラスラのためには単語を知っていないと読めませんので、詰込み型単語暗記は必要です。ただ、動詞や形容詞は、名詞とは違ってコアイメージを覚えることが必要です。コアイメージ1つを暗記すれば、自身の国語力で適切な訳語を選択することができます。というわけで、我々の研究室で使用しているQuizletの学習セットの紹介やそもそもの国語力が大事という話を前回の記事でさせてもらいました。こういったものはスキル(技術)であり、才能ではなく、努力で改善・改良・成長していきます。

 もう一つのスキルは「」です。あらゆるものに型があります。歌にも1980年代は、Aメロ→Bメロ→サビというような型がありました。時代により、サビ→Aメロ→Bメロ(転調)→サビ→サビなど、種々の型が生まれてブームに応じて似たような音楽が耳に入ってきます。映画では、初めの10分程度で登場人物の背景が描かれ、20-30分目で事件が起き、困難のドラマの中で60分目くらいで脇役たちの謎が明らかになり、終わりの20分がクライマックスやどんでん返しといった構成になっています。ドラマも似たような感じですが、韓流ドラマだと連続ドラマなので終わり5分で「え!」という引きがあって、次回初めの5分で種明かし(→そして、大したことなかった)、というような型があります。Netflixのようなドラマ一気見の環境では、まだ現在は模索中であるように思えます。

 同じく科学論文にも型があります。タイトル→抄録→背景→実験方法→結果→考察→引用です。実験方法が考察の後に来る型も多いです。ところが、Natureといった一流誌は結果と考察を一緒に書いています。「一流誌は特別扱いだから」ではありません。答えは「古くからある雑誌だから」です。背景→実験方法→結果→考察といった決まりきった項目立ては、ここ50年ほどの科学界のブームです。「結果と考察を分けなければいけない」というのは、昔はなかったのです。この最近のブームに則った論文作成法については過去記事にまとめています。

 というわけで今回は見栄えとしての「型」ではなく、科学論文の論理的「裏ルール」について話をさせていただきます。バイオ研究論文には、読む者が読み取らなければいけない事項、が存在します。この学習を小野研究室では「生理学講究」という科目として大学院生向けに開講している。前記事の「英文抄読会」での総説とは違って、原著論文を取り扱います。英文の翻訳などは行わず、最新の研究内容の紹介を行います。資料として、A4サイズのWord雛形を使用して、必要事項を1枚にまとめたものを参加者に事前配布します(印刷ではなくメールで行います)。基本方針は「批判的精神の養成」です。他者の論文を批判的に読むことで、自身の研究に対して批判的な視点を向ける訓練を行います。

 まず、論文タイトル掲載雑誌名(と最新インパクトファクター)、主な研究機関(とその所在国)を列記します。タイトルは当然として、掲載雑誌と研究機関は論文を読む上で重要です。科学雑誌は専門誌ですので、バイオ研究といっても山のように専門領域があります。同じ専門でも雑誌により色があります(臨床寄り、分子寄り、生理機能寄りなどなど)。掲載雑誌により「どんな方面(領域)の研究なのか」が類推できます。同じデータを使用していても、専門の異なる雑誌へ投稿先を変えれば、内容を大きく書き換える必要が出てきます。最近は雑誌の種類が増えてきて知らない名前もありますので、信頼性の担保として最新インパクトファクターを併記してもらいます。そして、研究機関ですが、「主な」とは基本的に「コレスポンディングオーサー(論文の責任著者)」の所属です。おおよその研究室の規模をつかむことができます。

 次は、主題問題です。主題とは「この論文が扱っている研究界における解決するべき大きな課題」のことです。論文を読んでいる側が、この主題をちゃんと理解していないと「研究結果の重要性と限界」を理解できません。問題とは、主題の解決のために本研究で焦点を絞った未解決内容のことです。原著論文1つだけで、主題を解決することはありません(ただし、Nature、Science、Cell誌だと主題を解決している場合があります)。ですので、主題と問題を切り分けた上で論文を読んでいることが必要です。

 これに関連し、実験で対象としている標本が何なのか?そして、どんな実験手法を用いているのか?ということが重要になってきます。細胞なのか、動物なのか、ヒトを対象にしているか、は、問題を解決するための戦略を知る上で重要です。Word雛形では、どんな細胞なのか、どの実験動物、モデルなのか、などを併記するようにしています。実験手法については、主だったものを2~3種挙げてもらい、それぞれの利点欠点を簡潔にまとめます。利点はネットで調べれば出てきますが、欠点は出てきにくいので、セミナー担当者の力量が試されます。実験系の欠点は「研究の穴」です。研究内容により「欠点」の内容は異なってきます。

 続いて、結果主張(議論)結論です。結果では、結果の重要事項に限て簡潔にまとめます。主張はDiscussionの部分ですが、結果でまとめた内容を解説し、根拠として筆者たちがどのような主張をしているかを数件まとめてもらいます。そして、結論です。この結論が先に出した問題の答えとなっている必要があります。 

 最後に論文の長所短所です。論文のいいところはどこか、どこが不十分であったかの感想を書きます。長所よりも短所を書けるかどうかが大事です。研究の不十分な点を指摘できるかどうかは、論理力と研究力を評価することができます。どんな論文にも必ず短所があるものです。

 こういった内容をまとめた資料と論文そのものを使用して、15分ほどで紹介をまとめてもらいます。その後、延々と「実験条件に関する質問」「結果の解釈に関する質問」「研究計画・実験手法の問題点に関する質問」等々を行っていきます。紹介者は、あたかも自分が筆者であるかのように振る舞わないといけませんので、論文の深い読み込みが必要になります。

 こうしたセミナーを繰り返し行うことで「批判的精神」が養われ、自分の研究への批判的視点が行われるようになることを期待しています。週1回のセミナーですが、1年ぐらいで院生が自分の結果に悩んでいるのにしばしば出会いますので、効果は出ているかなと思います。悩んでいない院生の実験結果は逆に不安に思います。

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