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不確実性の高いDX事業に必要な戦略マネジメント

目先の利益に偏るためDXが軌道に乗らない日本企業

長らく日本企業の多くは社内リストラを優先課題とし、コスト削減に寄与するIT投資を重視してきた。一方、デジタル技術を活用した新規事業への投資は、米国や中国の企業に比べ、消極的だった。これは短期的な利益を重視する日本企業の経営姿勢に原因がある。

変化が少ない業界で安定期が続く企業では、リスクを冒してまで新たな事業を立ち上げようとするマインドは育たない。こういう企業は予算配分が既存事業に偏り、既存事業のやり方が社内の常識になっていく。新規事業を始めても、既存事業と同じ尺度で新規事業も評価され、早期の黒字化が求められる。

新規事業の経験のないサラリーマン経営者の中には、新規事業を立ち上げても、単年度での黒字を求め、社員を疲弊させてしまうケースも見受けられる。まったく愚かとしか言いようがない。これでは軌道に乗る前に事業縮小→撤退という結果で終わってしまう。

ひと昔前であれば、新規事業の立ち上げの失敗を繰り返しても、利益率の低迷程度で済んだのかもしれない。しかし、デジタル技術による第4次産業革命が起こり、デジタル・ディスラプターの脅威に晒されている今、急激な業績悪化が起こるリスクは高まっている。同じ失敗を続けていると、企業の存亡すら危うくなる。

イノベーション投資より、何もしないことを選択しがちな経営者

事業投資の意思決定の考え方に誤りがあり、イノベーションへの投資より、何もしないことを選択してしまうこともDXにおける日本企業の停滞の原因だ。

「イノベーションのジレンマ」の著者 クレイトン・M・クリステンセン氏は、論文「財務分析がイノベーションを殺す」の中で、日本企業に浸透しているDCF法(割引キャッシュフロー法)を使った事業計画法では、イノベーションの価値を正しく評価できないと述べている。

その主な理由は、イノベーションに投資しない、すなわち「ドゥ・ナッシング・シナリオ」でのキャッシュフローと、イノベーションが生み出すキャッシュフローを比較評価するとき、ドゥ・ナッシング・シナリオは、現在の健全な状態が永遠に続くことを前提としている点である。

このため、イノベーションを生み出す事業の評価は相対的に下がり、ドゥ・ナッシング・シナリオを選んでしまう。

しかし、デジタル・ディスラプターが自社の事業に侵食する場合、ドゥ・ナッシング・シナリオを選んで、健全な状態が続くとは限らない。クリステンセン氏は、実際にドゥ・ナッシング・シナリオにより、事業の衰退に拍車がかかるのは5年目以降であることが多いと述べている。

デジタル・ディスラプターがターゲットにしている事業は、まさに長期に渡って停滞している産業が多い。第4次産業革命の真っただ中である今、ドゥ・ナッシング・シナリオを選んだために、負に大きく振れる確率が高まっていることを認識しなければならない。

不確実性の高いDX事業には仮説指向計画法が役立つ

イノベーションを伴う不確実性の高いDX事業への投資と戦略マネジメントには、製薬業界で導入が進んでいる仮説指向計画法(Discovery-Driven Planning)が役立つ。

仮説指向計画法は、ペンシルバニア大学ウォートンスクール教授のイアン・マクミラン氏とコロンビア・ビジネススクール教授のリタ・マグラス氏が考案した計画立案と実行に関する管理手法である。

製薬会社が医薬品の事業を立ち上げるには、長い期間と巨額の投資が必要だ。事業の成功確率は低く、また、人命に係る事故に発展するリスクがある。その代わり、成功した場合の利益は大きく、ハイリスク・ハイリターンの事業と言ってよい。

このような事業特性があることから、製薬業界では、古くから不確実性の高い事業のマネジメント手法が普及している。仮説指向計画法もそのひとつである。

(参考)


不確実性の高い事業における戦略とは、検証が済んでいない複数の仮説の組み合わせと言える。

例えば、「このAIを活用したサービスが競合他社のサービスより優れているならば…」、「採用した技術が主流になれば…」、「このサービスの知見がある営業担当者を第2四半期中に3名採用できたら…」など「たら」、「れば」の仮説により事業戦略や事業計画の数字は成り立っているはずだ。

このため仮説指向計画法では、事業が当初の仮説通りに進まないことを前提にしており、仮説が外れた場合は適宜、軌道修正して事業を進めていく。

仮説指向計画法では、事業目標をたて、目標を達成するための仮説を設定し、それに基づいた事業計画をたてる。そして事業計画と併せて仮説検証を行うためのマイルストンを設け、設定した仮説が想定どおりに実現しているかを検証する。その結果、もし、外れているならば、仮説の再検討を行い、その時点において目標達成に最も近いと考える仮説へ切り替える。事業の撤退条件も予め定め、マイルストンにおいて確実にチェックすることにより、事業の暴走を防ぐ。

これを山登りに例えると、ゴール(事業目標)が山頂だとすれば、山頂までの最短ルートの仮説を一旦決めて出発する。途中にチェックポイントを設け、そこに到達したら、設定したルートが本当に山頂への最短ルートなのかを確認する。

もし、山頂から遠ざかっているならば、その時点で最短と考えるルート(新たな仮説)に変更し、引き続き山頂を目指す。もし、吹雪など天候が悪化したり、先に危険なルートしかなかったりしたならば、後戻りできない状況になる前に諦めて引き返す。

つまり、仮説指向計画法は、「安全第一」を守りながら、多少の迷い道は許し、学習しながら目標達成を目指す戦略マネジメントの手法と言える。

おそらく、結果を出す優秀な人材は、頭の中に各々の成功仮説があり、それに基づいて戦略や計画をたて、振り返りを行っているはずだ。事業の責任者であれば当然のことである。

しかし、会社組織の場合、いくら優秀な人材が多くても、仮設がバラバラで一致していなければ、社内で摩擦が起こり、中途半端な結果に終わってしまうリスクが高まる。

組織で重要なことは、成功仮説を統合し、誰もが納得した形で組織全体の意思決定を行うことだ。

事業の仮説を設定し、戦略をたて、事業計画に落とし込むだけでなく、事業目標と、戦略の要素である仮説との間に、どのような因果関係があり、どの程度、確かなのかを事業部長だけでなく、意思決定にかかわる経営層が共有し、適宜、検証する。

こうした仮説を事業の意思決定の際や事業開始後の節目節目に共有し、意思決定できるメンバーが、同じ土台の上で対策を検討することが大切だ。

それでは、仮説指向計画法は具体的にどう進めるのか?
拙著「DX時代を勝ち抜く戦略マネジメント」の第5章では、仮説指向計画法を使った製品・サービス企画の進め方について解説するため、「キャッシュ・マネジメント・システム」というソフトウェア・パッケージの企画プロセスをサンプルとして取り上げている。

新規事業の戦略仮説は外れて当たり前

学習しながらダイナミックに方向訂正できる組織を築くことがDX成功への道

失敗を許さず、犯人捜しをする結果主義的な組織風土では、何故、事業は結果が出なかったのか、次に繋がる成果はなかったのかなど原因を組織的に学習する文化が育たず、組織体制を何度変えたとしても、新規事業の成功確率は高くはならない。

DXのPoCで躓く日本企業の多くは、このような風土があり、社員は失敗を恐れ、DXに対する積極性なマインドが醸成されない。

新規のDX事業が会社の成長にとって必要だと経営層が認識を合わせたならば、共同責任者として新規事業の戦略マネジメントに関わっていくべきだ。

事業を始める前に、事業の仮説について合意し、合意したメンバーが実行時に適宜、仮説検証を行い、その原因と対策について冷静に議論する。

もし、仮説が外れた原因が、社内のリソース不足や外的要因であるならば、それはタイミングが悪かったのであり、事業部門だけの責任ではない。こういう場合は、一旦、事業を縮小するか撤退し、それまでに培ったノウハウを温存させて再チャレンジすることもできる。

誰かを犯人にして責任を取らせても、会社には何も残らない。新規事業で培った経験を未来の成功のため活かすことが重要である。

スティーブ・ジョブズは事業の失敗の中で学習し、ノウハウを未来の事業に活かした

アップル社の創設者 スティーブ・ジョブズは、以前、業績不振に陥り、ジョブズ自身がスカウトしたジョン・スカリー会長から追放された。

アップル社を離れたジョブズは、NeXT Computer社を設立し、オブジェクト指向を取り入れた先進的なオペレーティングシステム「NEXTSTEP」を開発し、同社のワークステーションに組み込んで販売した。

しかし、ワークステーションのコストパフォーマンスはサン・マイクロシステムズなど競合他社に劣り、事業は失敗に終わった。その後、ジョブズはアップル社に復帰し、新たな事業に取り組んだ。

ジョブズはNeXT Computer社で養ったノウハウを忘れなかった。

NEXTSTEPは非常に優れたOSであり、開発効率が良いため、ジョブズはアップル社のmacやiPhoneに取り入れた。そして、ご存じのとおり、アップル社は再び大成功を収めている。ジョブズは過去の事業の失敗の中で学習しており、そのノウハウを未来の事業に役立てている。

これは天才経営者であるジョブズがひとりで行ったことなのかもしれない。しかし、本来、こういう失敗の中でも、苦労して培った技術やノウハウは、組織的に継承し、将来の事業に繋げていくことがDXを目指す企業にとって重要ではないか。

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