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人間は「気分」の生き物である


朝寝坊をして、ウダウダとテレビを見ている間に、時間が過ぎていく。やらなくてはならないことはあるのだけれど、なんとなく気分が乗らない。とりあえずコーヒーを入れて、メールをチェックして、ネットサーフィンをする。

そのうちにテレビが邪魔になり始めて消すと、外からザーザーと音が聞こえる。もしや、と思ってベランダから外を見ると、けっこうな勢いで雨が降っている。なぜかホッとする。

たとえばまる一日、家にひきこもって過ごすと、なんとなく罪悪感を感じたりすることがある。特にそれが快晴の日だったりすると、「こんな天気のいい日を無駄に過ごしてしまった……」などと思ってしまったりする。雨は、そんな一日に言い訳を与えてくれる。

これはもしかすると、長いあいだ農耕民族として生きてきた歴史が身体化して、そう感じるのかもしれない。「晴耕雨読」という言葉もあるように、晴れの日は畑に出て、雨の日は、まあ読書とは言わずとも、屋内での作業をすることになる。今日は農作業はできないなと、「諦めがつく」のである。そのような天候に合わせた生活の習慣が身体化することによって、僕たちの気分も天候に左右されているのかもしれない。

だから、あんまり雨の日が続くと憂鬱な気持ちになるし、晴れの日が続きすぎても、それはそれで、なんだか不安な気持ちになったりもする。それは僕たちの身体が、農耕のリズムと離れていないからなのではないか。

逆に言えば、これから千年のあいだに、人間がずっとオフィスビルで働く生活が続いたとすれば(とても続くとは思えないけれど)、そのようなリズムが身体化していくことになるかもしれない。

農耕のリズムでは、雨が降ったら「ちょっとのんびりしようか」という気分になっていたのが、晴れの日と変わらず「今日も頑張らなければ……」となっていくかもしれない。ホッとひと息つくのは「雨の日」ではなく、「土曜日」と「日曜日」ということになる。

いや、「土曜日」と「日曜日」だって、いまや「充実した休日を過ごさなければならない」という強迫観念に襲われることが多いような気がする。それはおそらく、平日の仕事が自分にとって抑圧的なものであるほどそうだろう。

仕事で抑圧されているぶん、それ意外の場所で解放しなければ、自分の中で帳尻が合わなくなる。たとえば忘年会で他の客に迷惑をかけるほどのドンチャン騒ぎをしているのは、そこでなんとか帳尻を合わせようとしている姿なのかもしれない。

話が少しずれてしまったけれど、要するに僕たちの気分は天候に左右される面があって、その現れ方は農耕と強い関係があるのではないかということだ。

だが一方で、天候とはまた違った、その人固有の「バイオリズム」みたいなものの影響も無視できない。天候と全く関わりがないわけではないけれど、人それぞれの調子の波みたいなものがある。あえて天候にたとえれば、「晴れの気分」の時と「雨の気分」の時がある。

それを人は、モチベーションの高さとか、やる気のあるなしという指標に還元してしまったりするけれど、僕はこれも「内なる自然」と思った方がいいんじゃないかと思う。もちろん、明らかに原因が分かっている場合はそれに対処すればいいけれど、全く原因のわからない気分の浮き沈みというものはあるのだ。

その原因を追及するのもいいけれど、それで悩むくらいなら、それを「自然」として受け入れて、それに合った活動をするのがよい気がする。つまり、「内なる自然」を対象とした形での「晴耕雨読」の実践である。

外的環境としての自然は目に見えるけれど、内的環境としての自然は目に見えない。目に見えないものに対する感受性の喪失は、最も明確な「人間の近代化」の指標だろう。

でもそれは目に見えないけれど確かにあるし、そのことを誰もが知っている。ただそれを、社会全体で共有することができなくなっただけで。

良くも悪くも、人間は「気分」の生き物である。

この「気分」というものは個人の所有物ではなく、全体でひとつのものである。それが一時的に個人に分けられていて、その部分を一人ひとりが感じているにすぎない。だから「気分」なのではないかという気がする。

自分の気分が乗らない時も、気分が乗っている他人がせっせとがんばってくれている。気を分け合った全体を意識することができれば、他人とはいろんな自分のことでもあると気づく。気分が乗らない時は、休む順番が回ってきたのだと思える。

「気分のままに生きる」ことは、必ずしも「自分勝手に生きる」こととは限らないのである。しかし、「自分の気分を害している」のは、ほとんどの場合、自分自身であることも知らなければならない。

矛盾するようだけれど、気分よく生きることで、気分のままに生きられる。それは、原因と結果という因果関係では決して捉えられない次元の話である。

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