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アメリカ人に学んだ「子育て」のコツNo1は

下の娘を現地で出産し、娘たちが一番手のかかる時期を過ごしたアメリカ。
英語が流ちょうなわけでもないから、気合だけで乗り切ったと思えるアメリカ生活。
その中で、自分に残ったアメリカの子育てって何だろうと考えると、やはり一番はこれだ。

〝幼くはあろうとも、いち人格としてリスペクトする姿勢”

国民性だけではなく、宗教的なこともあるのだろうか。
幼い子どもに対しても「ひとりの人間として扱っている姿」を多く目にしたのだ。

それは私の眼にはとても贅沢に見えた。
「子どものくせに」みたいな雰囲気は無い。
意見を聞いてもらえる。
たとえそれが未熟な意見であったとしても、それに対して親が納得のいく答えを提示する努力をする。

根気が必要で、面倒な場面は多いだろうが、幼いころからいち人格として扱ってもらうのは、自己肯定感に直結するのではないかと思う。

子どもだから、まだ数年しか生きていないのだから、未熟な意見が多くなるのは当然だ。
逆に熟考された豊かな意見が出てきたら心配になる。

しかし数年しか生きていないと侮ることなかれ。
その曇りのない眼で見る世界は、ピュアで時に突飛でとても面白い。
そしてたまに核心を突いてくる。
できるだけ言語化させたほうが良いと思う。
子育ての面白さはここにもあると思う。

「いち人格としてリスペクトする」という世界に「世の中なんてそんなもん」とか「子どものくせに何がわかる」という言語は通用しない。
なぜなら前述したとおり、「子どもが納得する答えを提示する」のが必要になってくるから。

これは、子どもと親の世界を上手に切り分けることにも一役買っているのではないだろうか。
子どもの人生、親が口を出せる場面は意外と短く少ない。
いつまでも口を出し続けると、自分の人生をコントロールする術を育てることが難しくなるだろうから、子どもの人生は子どもの人生、といった風に「干渉しすぎる流れ」を作らなくて済むかもしれない。

子どもは親の所有物ではない。
ひとつの「人生」というストーリーの主役なのだ。
ちいさな、いち人格者なのだ。
と思う。

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