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自分の「居場所」は、ひとつじゃない。

今日は、山崎怜奈さんが隔週で書かれているエッセイで、すごく共感できる文章があったので、そちらから話題をお借りして。

「クイズ仲間」は普段全く違う環境にいるので、共倒れすることがなく、利害関係が生まれにくいので揉めることもない。あまり連絡を取らないし、頻繁に会うこともないけれど、テレビやSNSで頑張っている姿を目にすると励みになる。

交わっていく中に、損得では動かない、どちらか一方が辛いときには励まし合える間柄が、ゆるい繋がりの中に生まれることもある。そんな居場所があるということが救いになるし、頑張ってる姿をちゃんと見てくれているかもしれないから、明日もまたコツコツ前進しなくては。

「クイズプレイヤー」「ラジオパーソナリティ」そして「アイドル」。
本当にいろいろな顔を持っていて、どの分野にも「心強くてあたたかい仲間たちがいる」「応援団がいてくれている」のだろうなあと感じるし、
本人が望みさえすれば、きっといろいろな分野で、これからも長く活躍される方なのだろうと思います。

確かに、「本業」たるアイドルでは、10年近く在籍していながら、一度も選抜メンバーに入っていないし、
なかなか日の当たる場所に立つ機会は少ないのかもしれない。
でも、言うまでもなく、アイドルを卒業した後の方が、圧倒的に人生は長く続いていくのだし、
アイドルとして下される評価は、世の中の本当に数限られた、一部の人からの評価でしかなくて、
それが自分のすべてだと思ってしまうと、いとも簡単に人生を、進むべき道を見失ってしまう。

そんなときに、
こうやって他にも自分の「居場所」と言えるような場所があれば、
自分を見失ってしまわずにすむのだろうし、
心の平穏を保ちながら、冷静に自分というものを舵取りしていけるのだろうと思います。


そしてこれは、別に芸能人とかに限らず、
一般の学生や社会人にもいえることだと思っていて。

学生は特にでしょうか、
狭い「学校」というコミュニティの中で、日々を過ごしていると、
その中の評価、人間関係がすべてだ、ここで失敗したら自分は終わりだ、と考えてしまうようになる。
本当はその外にもっと広い世界があって、そこにはありのままのその人を受け入れてくれる場所がきっとあるはずなのにも関わらず。

私も学生時代、友達も多い方ではなかったですし、
学校にはどちらかというと自分の居場所を感じられない期間のほうが長く、
校外にあったコミュニティに、無意識のうちに何度も救われていたのだなあ、と今になって感じます。

今も昔も、どこかひとつの場所に、自分の存在意義とか肩書とか、そういったものを依存するのがリスクだと潜在的に考えていて、
無意識のうちにそれを避けようとする人生を過ごしてきたな、と思うし、
それで損してきたことも、もしかしたらあったのかもしれないけれど、
今考えても、間違ってない行動だったな、と改めて思います。


*余談*

クイズ番組に出ているとき、私は自分でも見たことのない顔をしているらしい。プレッシャーに押し潰されそうになると、苦虫を噛み潰したようなヒドい顔になるし、結果を残せずに敗退が決まると、悔しすぎて眼球が一点を見つめたまま動かなくなる。

確かに、Qさまの螺旋階段にいるときや、タイムショックの回転椅子に座っているときの山崎さん、すごく「ガチ」な表情をしていますよね。
でも、アイドルだからどんな場でも常にニコニコしてなきゃいけないなんて、そんなことはないと思うし、
俳優さんが役になりきって、時には猟奇的な表情を見せるのと同じで、
この真剣勝負の場で、普段見れない真剣な表情が見られるのは、
クイズ番組ならではの醍醐味だなあと思います。

そういえば、先日、東大王に出ていた北川悠理さんも、
普段はとても優しい、穏やかな表情をされている方なのですが、
この日ばかりは、眼光鋭く、普段見ないような険しい顔を終始されていたのが印象的でした。
「新・漢字クイーン」と呼ばれるようになってから、絶対間違えたくない、勝ちたい、という良い意味でのプレッシャーが出てきた、
ついに「勝ち気」を纏うようになったのだなあ、とちょっと感慨深かったです。これからの活躍にも期待ですね…!

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