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《ふたりの朝.》

 桃と目玉焼きとミルクティー。これが、今朝のメニューだった。

 わたしには、自慢できることが一つだけある。それは祖母の手を抜いた料理を一度も食べたことがないということだ。

 同じ東京に住んでいることもあって、子どもの頃から、祖父母の家にはよく母と一緒に遊びに行っていた。

 そのたびに六人がけの食卓にのりきらないほどのごちそうを祖母は作って待ってくれていた。コロッケ、うずらの卵のスコッチエッグ、天ぷら、煮魚、サラダ、お味噌汁にごはんもあったと思う。

 これがあたりまえじゃないことに気づいたのは、大人になって毎日の食事を自分で作るようになってからだった。料理は好きだけれど、自分一人のために作る時なんかはつい手抜きになってしまう。夏には茹でるだけでいいおそうめんが定番になっていたりするのだ。

 
 今年92歳になった祖母は、以前のように料理ができなくなってしまった。

 そのため、週4回わたしは祖母の家で手伝いをしている。とはいっても、孫のためにごはんを作るんだ、という気持ちがなくなったわけではぜんぜんない。わたしより早起きして朝食を準備してくれるのだ。

 「コケコッコー」と言いながら、わたしの寝ている部屋に入ってきては、布団を思いっきりはがす。冷蔵庫をあける音やフライパンのジュージューする音でもう目は覚めているのだけれど、この朝から大笑いさせられる起こし方をしてもらうのを待っていたのだ。
 
 祖母に手をひっぱられて起き上がると、焼けた卵の香ばしさが鼻をぬけていった。カーテンをあけて、どんよりとした空からのやわらかい朝日を浴びて食卓へと向かう。

 
 桃が丸ごと一個、皮がむかれて三等分に切ってあるものと、ちゃんと二つの卵が使われた目玉焼きが、それぞれの席に用意されていた。

 祖母の目玉焼きは片方が黄身がわれてしまっているけれど、わたしの方は綺麗なままだった。

 われていない方の黄身を一生懸命くずさないように口に運ぼうする祖母の横で、「目玉焼きってこんなに美味しかったっけ」と思う。桃のみずみずしさと甘さもたまらなくいい。

 紅茶の最後の一口を飲んで、ふたり揃って朝食を終えた。

 

 

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