《朝、とろん.》

 「のどが痛い。」

 目覚めた祖母の顔をのぞき込むと、この小さな言葉が聞こえてきました。病院に行って薬をもらってきた、と続けたのはそんな夢を見たからのよう。

 「そのお薬のむから、まずは朝ごはん食べよ。」

 彼女を起こし、車いすに乗せます。ところが食卓についても、スイカにも桃にも手をつけようとはしません。食べやすい一口大の半分の大きさに切ってあるそれを、いつもはもっとちょうだいとおかわりするところなのですが。

 「向こうで、ごろんってしたい。」

 という祖母の口に、水分不足はいけないから一口でも、とフォークにさしたスイカを近づけます。

 すると、ぽんっと口をひらく彼女。もぐもぐ後のごっくんが聞こえてきたので、もう一度ためしにスイカを近づけてみると、またぽんっと口をあけるのです。そんなことを続けていたら、いつの間にかお皿に盛ったスイカはなくなっていました。

 さらには、桃も。こちらも、口をひらいてはもぐもぐ、ごっくん。けっきょく桃もぜんぶ食べきったのです。少々調子にのったわたし(たち?)は、卵も口に近づけます。半熟のそれをスプーンで一口大に割り、顔に寄せると、ひらいた口元がスプーンに寄ってくるではありませんか。


 しまいには、お薬も。こちらは夢に登場したそれではなく、いつも服用しているもの。ミルクティーをスプーンですくい、そこに浮かべて、ミルクティーごと飲んでいる普段の祖母ですが、今日はこれもわたしが8割口へと運びます。(食事と混ぜ服用できるお薬です。)

 のこりの2割は祖母自身が。そこで「あれ?スイカも桃も卵も自分で食べられたのかも。」と気づくのです。

 ふふっと微笑みながら、彼女の顔を見つめていると、ふと風邪をひいた小学生の頃の記憶がよみがえってきました。

 風邪をひいて何もしたくないだる〜い時。母に甘えることがもう恥ずかしい年齢になっているので、ここぞとばかりに身の回りのことを彼女にしてもらうのです。ソファで寝転んでいるところを起こしてもらって、食べものを運んできてもらって、口に入れてもらう。心に浮かべるだけで、くすぐったくなるような想い出です。



 自分で食べることを、ふわり放棄した今朝の祖母。95歳の彼女にもこうしてとろんと甘えたい時があるのだなと想うと、愛おしくて愛おしくて仕方ありませんでした。卵を「あ〜ん」した時のあのちょっと突き出た唇の可愛かったこと!


 食事を終え「どっか痛いところある?」と聞くと、肩と答えた祖母。のどの痛みはどこかへ行ってしまったみたいで、一安心です。

 起きた時に感じた不調は、冷房による乾燥に、気圧の影響が重なったことによるもののよう。これらのことには十分気をつけなくてはいけません。祖母にはまだまだ元気でいてほしいですから。甘えてくれた時には、なんでもしてあげる心がまえなら、いつでも万全なのですから。


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追伸:この日以降の祖母は、またおかわりをするくらいに、朝食を自らもぐもぐと食べております。


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