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0003 《ハートの封筒.》

 旅先では、その国の文化の中で生きることになる。生きるというと少し大げさに聞こえるかもしれないけれど、私はいつもそういう感覚におちいる。たとえばフランスに行くと、お店に入るときは”Bonjour(こんにちは)!”、出るときには”Merci(ありがとう). Au revoir(さようなら)!”と言ったり、レストランでは料理を気に入ったどうかを毎回尋ねられたり、そしてチップという習慣があったりする。

 そう、チップの渡し方。それに私はいつも困っていた。男性だと相手の手にギュッと押し込むように渡すのが様になったりするけれど、私にはそれが上手にできない。そんなあるとき、いい方法を思いついた。91歳になる祖母と一緒にいると、私はおりがみで鶴をつくることになる。もしかしてこの中にコインを忍ばせたりできるかなと試したけれど、さすがにそれは難しかった。それで調べていたら、「ハートの封筒」というのを見つけた。これだ!と思い、それをたくさん折ってフランスへ持っていった。

 「ハートの封筒」は、私に予想外の光景を運んできてくれた。夕食をいただいたレストランの女性に手渡したときには、”Très jolie! Très jolie!(可愛い!可愛い!)と何度も言ってもらった。タクシーの運転手の男性も”わー!!!これは素晴らしいアイディアだ!ありがとう!ありがとう!”と満面の笑みを浮かべてくれた。そして、とあるカフェではそれをテーブルに置いてお店を出たら、ウェイトレスの女性がわざわざ追いかけてきた。少女のようにキラキラとした笑顔ではしゃぐように”ありがとう!”と言いながら、手には大切そうにそのハートを持ってくれていた。その喜ぶ姿のキュートさといったら、それはもうたまらないものだった。

 おりがみでハート型の封筒をつくる。私がしたのはただそれだけだった。それなのに、こんなにもたくさんの輝く笑顔を見られるなんて。何度も何度も幸せな気分にさせてもらった。小さなハンドメイドが、これほどまでに大きな喜びをもたらしてくれるとは、思いもしなかった。

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