小西大樹「就職したら親戚が増えました」#11 邂逅編 お礼とお詫びと③

薄いグレー系でテーブルセットやスツールを統一された店内は、照明の明るさをワントーン落ち着かせている。深緑色のブラインド、薄いミントグリーンのカーテンも落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

ほっとできそうなカフェだなあ……。あまり混んでなかったら、ゆっくりしたいかも……。

大樹が店内を見回していると、八十代と見られる男性客が大樹を見て、笑顔になった。

「あれ、俺の貸切かと思ったら、珍しい事もあるもんだ。お客さんかい。良かったねえ、葵ちゃん。」

「やだ、源さん、いつも閑古鳥が鳴いてるみたいじゃないの。」

「何言ってんだ?いつもこんなもんだいねえ。」
「源さんの後からお客様はみえるのよ。小西君、さあさどうぞ、お掛けになって?今お水とおしぼり持って来ますね。」

「あっ,あの、自分は……。」

「僕ちゃん、遠慮しないでどこへでも座りなよ。俺らの貸切だいねえ。うんめぇコーヒーでも飲んでやんない。」

「あ……は、はい。」

じゃあ失礼して、と、大樹は手前のカウンターのスツールに腰掛けた。
客として訪ねたわけではなかったが、先客に喜ばれてしまったので、否定出来なくなったのだった。

他にも、先客が飲んでいたコーヒーの香りにも誘われていた。

……いい香りだなあ……。美味しそう。
そういえば、先日の大迷惑を掛けた時に基さんが淹れて下さったコーヒーは美味しかったなあ……。

するとそこへ、時間差で遅れて出勤して来た基が現れた。

「いらっしゃいませ。源さん……あ。」
「あっ、あの、こんにちは。先日は本当にお世話になりました。有難うございました!」

スツールから立ち上がり、深々と頭を下げた。

「小西君……だったよね。いらっしゃい。その後の体調はどう?」
「は、はい。おかげさまで、あれから直ぐに元に戻りました。」

「なんだ、僕ちゃんは二人の知り合いかい。」
「ちょっとね?はい。お水とおしぼりどうぞ。」
一緒に葵が小さなメニュー冊子を大樹に渡した。

「小西君、何になさる?」

「ここのコーヒーはどれもうんめぇぞ?」
「源さんはいつものブレンドがお好みですよね。」

「ホントはさぁ、糖尿がなけりゃあ一緒に甘いもんも食いたいんだけどなあ。菓子屋の名前みてーな……ほらなんつったっけ?あの検査のやつ?」

「グリコヘモグロビンエーワンシーですか?」

「そーそー、それそれ!血糖値もそうなんだけどさあ、医者がそっちも高ぇから、そんなに食うな!って言うんだよなあ。僕ちゃん、今の内に食いたいもんは食っときないねえ。」
「あっ、は、はい。……えっと、じゃ,本日のケーキセットを、お願いします。」

「かしこまりました。」

そう言うと、基は厨房らしき角の部屋へ入って行った。

「はー、さてと、また母ちゃんに迎えに来られちゃかなわねぇから帰るとすっかな。」

「え、もうそんな時間?」

葵が時計を眺めて、アラ、ホントね、と呟いた。


「僕ちゃん、貸切だからゆっくりしていきな。じゃ、お代は、ここに置くよ。」

「有難うございましたぁ~。また明日ね?」

カウンターの上に、小さな革製のトレーがあった。その上に小銭を置いて、源さんと呼ばれた先客は帰って行った。

俺、お邪魔しちゃったかな……?
常連客らしい人の大切な時間を奪ってしまったかもしれない、と大樹は感じた。

「はい。小西君、お待たせしました。どうぞ。」
基がトレーごとカウンター上の大樹の目の前に本日のケーキセットを置いた。

「う……わぁ。」

大樹は、お礼とお詫びをしに伺っているにも拘わらず、一時目的を忘れ、目の前のコーヒーとケーキに心と胃袋を奪われていた。

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