小西大樹「就職したら親戚が増えました」#4 10日前

「基(もとい)、和(かず)兄から連絡が来たわ。調査結果が出たそうよ。」

葵(あおい)がエプロンを取りながら珍しく深刻な面持ちで調理場へやって来た。

「和兄(かずにい)って、たまにウチの店に来てくれるお前の従兄弟の本橋和弥さんか?」
「そうよ。支社の営業課長なのよ。連絡は父から来ると思ってたら違ったわ。」

基は洗い終わった食器類を乾燥器に入れてから、翌日の準備作業に入ろうとして手を止めた。

「……まさか。」
「そう、そのまさか、よ。」
「本当に?その新入社員がお前の従兄弟だったのか!?」
「そうなのよ!その子の母親は、紛れもない父の妹だったんですって……。」

葵が2人分のコーヒーを淹れながら、ため息をつく。カウンターに回って無言でそっとカップを置くと基は当たり前の様にスツールに腰掛けた。

閉店後のカフェの証明は暗く落としている。カウンターはほんのり明るいオレンジ色がソーサーの色をオフホワイトに変えていて、ライトの面白さをしみじみ眺めている基だった。

「ん?そうすると、健司(けんじ)おじさんの妹にあたるって事は……和弥さんはおじさんのお兄さんの長男じゃなかったか?」
葵「そうよ。父の兄の長男が和兄だから……和兄は、その子とも従兄弟になるわね。……複雑だわ。」

葵も基の隣に腰掛けて、2人で静かにコーヒーの香りを確かめた。この動作は2人とも無意識で行っている。少し離して顎の下から火傷にならない様に鼻腔に流す。

店の豆ではないな。基は一口すすってから、味わいながら思った。コイツの豆だな。コイツはプライベートな問題が起きたりすると、プライベートな豆を好んで飲む。本人は無意識なんだろうが。

「美味いな。」
「そう?良かったわ。……。」
「それで?和弥さんはなんて言ってたんだ。」
「ゴールデンウィーク直前に、本人に自分の調査結果を持たせて寄越すって。」
「この店にか?」
「ええ。その時アタシ達の従兄弟とか兄弟姉妹を少しでも会わせたいから……何人かウチへ呼んでおいて、ですってよ。」
「自分の調査結果を自分で持って来るのかよ。」
「和兄の考えじゃないわよ。ウチの父に決まってるでしょ。全く酔狂なんだから!」
「健司おじさんかよ。つーか、あと2週間ないぞ。」
「そうねえ。誰を呼ぼうかしら。」
「その子は全く知らないんだ?向こうの家族は知っているのか。」

葵はコーヒーカップを置くと、やはり糖分が欲しいとシュガーを取りながら、基に差し出す振りをする。基は軽く手で不要を伝える。

「どうもあちらのご家族は全く知らないらしいわ。父が婿養子になって苗字が変わったから、叔母も気付いてないみたい。」

コーヒースプーンをくるくるかき回しながら、葵が頬杖をついた。
「その子はね、秘書課勤務になったんですって。仕事に慣れてしばらくしたら、和兄の専属に回るかもしれないって。だから今の内に接点を持たせたいみたい。和兄も途中まで一緒に来るらしいの。」

「ちょっと待てよ。和弥さんは本橋本家の長男だろう。自分ちの会社に戻らなくてもいいのか?そろそろアラフォーなんじゃ……?」

「そんなの知らないわよ。……ウチの父の事だから……まさか和兄が本橋へ戻る時に一緒にその子もあっちに引き連れて行く気じゃ……やだ、無いとは言えないわ、あの父だもの。そもそも面接の時さあ、自分の母親に面影がそっくりだったからって……本社から自分のとこに連れて来る?信じらんないわ!赤の他人だったらどうすんのよ!」

「健司おじさんにしちゃ、調べるのが遅く無かったか?面接からこっち、時間は充分有ったよな。」
「父は迷ったらしいのよ。他の兄弟に相談するか、自分で調べるか。迷った挙げ句に入社式に兄と弟を呼び付けたのよ。本橋だって入社式なのに!信じらんない!まあ、時間はずらしたらしいけど。録画したのも見せたら、確信が持てたんですってよ。」

飲み終えたカップなどをトレーごとカウンターの向こうへ置いて、基はこれは長くなるな、と考える。葵の話は大概長引く。

「今日はバータイムは休むか?」

遅めのランチを作ろうと立ち上がり、ささっと先ほどのカップ類を洗い始めた。

「あ、有難う。……え。休み?」
食材を選びながら、手早く片付けていく。
基は昔から手際がいいな、と葵は感心する。みるみる内に食器類が仕舞われて、もう食材を刻み始めている。

「そうねえ。そうしてもらった方が助かるかも。誰を呼ぶか考えなくちゃだし。一応父達は親戚一同に報告するらしいけど、本人には伏せる方向で行くそうよ。」

調理の手を止めて、基が振り返る。

「おじさんの妹さん家族にも話さないのか?会いたくないのか。」

「父達は、その妹さんが生きているのが分かって喜んでいるわよ、勿論。でもねえ。養女に行く前に自殺未遂を2回したらしくて……理由が《本橋の家に居たくない》だったから……今までも探さなかったし、このまま知らない振りして行くんじゃないかしら。」

葵は基の調理の邪魔にならない様に、いつも通り自分専用の椅子に座り、傍に有ったさやえんどうの筋を取りだした。何を作ってくれるのか分からないまま、いつも通り手伝っている。阿吽の呼吸さながら2人分の食事が用意されていく。

基は刻んだ野菜を前から火にかけてあった鍋の中に入れ、冷やご飯をほぐしながら散らばした。後は調味料と卵を入れるだけだ。

「この事があちらのご家族に知られてしまったら……どうなるかしら?」
「その時はその時だろ。お前が気に病む事はないと思うけどな。」
「それは……そうなんだけど。」
「なんだ?その子に会ってみたい、って言ってたろう。嬉しくないのか。それとも、こちらの内情を知って財産狙いに化けるのかもと考えてるのか?」

基は手際良く違う鍋に火をかけて、もう片方の鍋に仕上げの胡椒を振りかけた。

「違うわ。その子はさあ……なんにも知らないでさ、親戚だらけのとこに放り込まれたワケよ?びっくりしちゃうどころか困惑しちゃうわよねえ。」
「そうだな。社長が伯父さん、専務が従兄弟、営業課長が従兄弟、今の所直に接点があるのはそれくらいか。」
「そして今度はアタシね。」
「いきなり従兄弟がオカマだと知ったらもっとびっくりするだろうな。」
「その従兄弟がゲイだって知ったら卒倒するかもね。」
「……知らぬが仏、だな。」

基は火を止めて鍋の中身を確認しながら葵の方を見ずに手を差し出した。

葵は既に分かっている体で、器を基に渡した。
「あら~美味しそうじゃない?」
「……美味いんだよ。ほら、向こうのテーブルに持って行ってくれ。俺も考えてやるから。」

「何よ、支社に来る前は本社勤務のワケだったのよ。アンタんとこの社員でしょうが!アンタだって関係有るのよ?」
「いや、俺は会社とは無関係だ。ほら、持ってけ。」
「ん、もう!……ああ~いい香り~。」

中華風おじやと、とろろ昆布とさやえんどうのスープを乗せたトレーを受け取り、葵はいつもの奥のテーブルに運んだ。

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