小西大樹「就職したら親戚が増えました」#20 お手伝い編④

店主は奥さんと入れ替わりに、丸椅子を手にすぐ戻って来た。

「こんなもんでいいかな?す、いや、オーナー。ちょっと試してくれるかい?」

「有難うございます。じゃあ早速。小西君、ちょっと座ってみてくれるかな。」

店主からスチール製の丸椅子を受け取ると、基は大樹の前に置いた。

「……えっ?俺が座るんですか?」
「そう。はい、どうぞ。」

訳が分からずに、大樹は、では遠慮なく、と恐る恐る、という風に座った。

なんの変哲も無いごく普通の丸椅子の様に見受けられる。

「なんでぃ。お兄ちゃん、その椅子はそんなおっかなびっくり座らなくても頑丈に出来てるから安心してくれよ。」

「あっ、や、そんな……。」
大樹は真っ赤になって尚更俯いてしまった。店主の小玉と基は顔を見合わせて、苦笑いをした。

「それはうちの店のカウンターの椅子と同じ型なんだけど、小西君は一度来店されただけだから、覚えてないかな。」
「この椅子ですか?岬の?え……と。」
丸椅子よりもコーヒーや、ケーキやパスタやデザートに目と心と胃袋が奪われていたらしい。
「すみません。良く……分かりません。」
「そりゃ一回座っただけじゃ無理だよ、オーナー。」

「ですよね。小西君、どうかな。硬く感じるかな?」
「え。硬く?……うー……んと。あれ?そう言えば、これ、普通の丸椅子よりも柔らかい様に思います!」

「お兄ちゃん、分かるかい?」
「はい、なんとなく、ふんわり沈む感じがします。」
これなら長時間座ったとしても、痛くならないかも。あれ?岬のは、痛かったっけ?
滞在時間もどのくらいだったか大樹は記憶に無かった。

「これは、常連の源さん専用にしようと思ってね。」
「源さん?……あ。」
大樹は先月に岬にお邪魔した時、八十代のお客が居た事を思い出した。葵さんが確かそんな名前を呼んでいた。

「源さんは殆ど毎日来店される常連さんなんだけど、必ずカウンターに座られるんだ。テーブル席の方が座り心地は良いし、空いているからそちらをお勧めするんだけど。」
「回転率上げるためにカウンター席の椅子はあんまり座り心地が良いとは言えないからなあ。」

大樹には付いて行けない二人の会話だった。

座り心地?回転率?どうしてこの椅子がちょっとフカフカで弾力が有るんだろう?

いつの間にか、店主も基もテーブルの席に座り、大樹の方を見ていた。

「お兄ちゃん、尻は痛くないだろう?」
「えっ?あ、はい。痛くないです。」
もう、立った方が良いかな。と、大樹は違う椅子に変えた。

「じゃ、これと同じ型で、トップが暖色系のをもう一つお願い出来ますか。」

「はいよ。秋口まででいいのかな。」
「はい、 冬までにはまた内装を変えますので、それまでにお願いします。」

「相変わらず凝ってるね。どうだい、カウンター席を全部このタイプにしちゃ?」

「採算が合わなくなりますよ。色々とね。」

大樹は黙って聞いていたが、この丸椅子の座り心地は良いのだ、と、今座っているパイプ椅子を見て、そう感じた。

目端が利く店主らしい。
「分かったかい、お兄ちゃん?」

「え……?」
良くは分からないが、このパイプ椅子は尻が痛くなった。ほんの少し座っただけなのに。
「時間が有ったら、展示してある椅子やソファに座ってみなよ。全く違うから。自分の好きなヤツが見付かったら、宜しくお願いしますよ。」

「あ……はい。」
買ってくれと言う事なのだろうか。
「上手いなあ、小玉さん。」
「いやいや、オーナーには負けるよ。」
「またまた。」

大樹は大人な会話だな、と、話半分に聞きながら、店内の展示品に目が釘付けになっていた。

店に長時間居座らない為に、決して座り心地が良いとは言えない椅子を用意する。
長時間在席してゆっくり寛いで頂きたい席には、座り心地の良いタイプを用意する。

店を後にした車内で、大樹は基から教えて貰った。

椅子にも役割が有るんだなあ……。勉強になったな。

「じゃ、次は本命のカフェに行こう。今のを予習として、椅子の座り心地も教えて欲しい。」

大樹は予習?だったのか!と、隣の運転席の基をまじまじと見つめた。

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