小西大樹「就職したら親戚が増えました」#5 10日前

 いつもの様に手早く食事も後片付けも済ませると、基は翌日の食材の確認に入り、葵はメモ帳を前に腕組みをして再び悩み始めた。

「そんなに考え過ぎなくてもいいだろう。呼ぶのはお前の兄弟とかでいいんじゃないか。」
厨房から基が手元の食材をチェックし、控えを取りながら葵に言った。

葵の父が社長をしている杉崎商事(株)北関東支社。そこに葵の従兄弟がそうとは知らずに入社してきた。本人は全く知らない。伯父が社長で有り、その息子が専務で、その弟(葵としては妹と言いたいところだが)が自分であること。

「あー…基、茂兄(しげにい)はマズいわ。支社の専務がアタシと兄妹(きょうだい?)とバレちゃうかもよ。」
「茂生(しげお)さんは近すぎるか……。そうか。」
「ねえ、親戚だけにしないでさあ、連休直前に来るらしいから……店を貸切にして、会員オンリー日にするのはどう?」
「オンリー日か?……それだと濃すぎないか?ゲイオンリーだぞ参加者全員。」

基が食材チェックを終えて、厨房から出て来た。葵はふてくされた様子で頬杖をつく。

基と葵が《カフェバー 岬》を開店してしばらく経過した後に、基は会員を水面下で募って〔M only park〕というゲイオンリーの会を立ち上げた。それは皆、基が全て人選を担当している。常連になりつつあるお客様の中で,イチかバチか意を決して声掛けを続けていたのであった。

今の処、外してはいない。慎重に慎重に会員を募って来た。
「まあ……俺たちみたいな人間に慣れて貰いたい気持ちは分かるけどな。」
「あら、分かる?アタシさあ、これっきりになって欲しくないのよねえ。そうそう業務としてこの店に寄越しては貰えないでしょ?出来れば常連にでもなってくれないかしら、って思ってるの。」
「まだ一度も会ってないのに気が早いな。」

所定位置に基も座って、軽く肩を揉みほぐす。腕まで張っているらしく、首や肩を回しながら、両腕を互いに揉む。葵がツボ押しグッズをカウンターの下から取り出して基に渡す。常連客の誰もがその一連の行動を目の当たりにすると、

「熟年夫婦みたいだね。」
と揶揄されるが本人たちは冗談でも無い、と秒で全面否定する。生まれた時から至近距離に暮らしては来た。店を共同経営するようになるまでの修行期間も離れなかった。
既に家族よりも近い。が、彼等は他人だと言い張る。

「ねえ、始兄(はじめにい)はどう?未来の杉崎本社の社長でしょ?いまは副社長だけどさあ……。」
「兄貴か?……まあ、都合は聞いてみるが。」
「あ~。オンリー日にすると妹の楓(かえで)はダメね。会員が参加を躊躇しちゃうわ。」

凝りがほぐれたのか、基は両腕を真上に伸ばして思い切り息を吐いた。
「そうか……オンリー会員にすると、マズくないか?その子はお前のおばあさんに似ている女の子なんだろう。」
「あら、アタシ女の子って言った?その子男の子よ?」
「え。俺はてっきり女の子かと思ったぞ。」

葵はメモ帳に記入しながら、
「男の子だからオンリー会員でも大丈夫よ。先ずはあの三ばかーずでしょ、和兄と茂兄はダメだから、あ!ダーリン呼んでもいいかしら?」
「田部井先生か?塾はどうする?ゴールデンウィーク頃は忙しくないか?」
「ダーリンは受験生を担当してないから、なんとかなるでしょ。聞いてみるわ。じゃ、候補に渡君、っと。あ、忘れてたわ!センセにバータイムがお休みって連絡入れとかなきゃ!」
葵は急いでカウンターの下からスマホを取り出して塾講師の田部井渡(たべい わたる)に送信した。
「今日は早く帰れます。葵、っと。」

「その子は……健司おじさんの母親に似ているんだよな。そうだ、お前さ、その人の写真とか無いのか?会う前に見てみたい。」

「あ、そうね!アタシもみておきたいわ!父のアルバムを借りて来ようかしら?アタシ、遺影くらいしか見た事ないし……あまり記憶に残って無いわ。印象薄いのかも。」

「前に早死にしたような事聞いたけど。」
「あら、良く覚えているじゃないの。そうなのよ。四十代後半だったそうよ。孫たちは誰もお祖母様を知らないの。」

自分とは無関係とか言っておきながら、葵の従兄弟が男の子だと分かった途端に、似ているという祖母の写真が見たいと話す基に、葵は妙な不信感を抱きながら招待する人物の連絡先を調べなくては、と考えるのだった。

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