小西大樹「就職したら親戚が増えました」#16 邂逅編 約束②

「お待たせしました。はい、今度はこれね。」

葵がそう言って、大樹の目の前に小振りな皿に盛られたパスタをそっと置いた。

店内は、また客足が遠のいたのか、誰も居なくなった。

「え……あの?」
「さっきの続きだよ。ケーキセットとデザートの試食したから、少なめにしておいたけど……若いから物足りないかな?」

厨房から基が出て来た。
「えっ?こちらも俺が?」
「そろそろランチタイムになるからね。その前に召し上がって頂きたいと思って。どうぞ。」
「そうよねえ。小西君は新入社員なんだから、まだ若いわよねえ。……って,やだ、アタシ達が年寄りみたいじゃない?10歳しか違わないのに!」
「え。10歳……。」
「あ、トシの事はいいのよ?早く召し上がれ?」

いい香りが鼻腔と空腹とは言えない胃袋を刺激している。店内には大樹しか居ない。

遠慮すべきではない、などとは思えないくらい自然に……美味しそうなので頂戴したい。大樹は、そっ、とトレーを自分にもう少し近づけて、
「あの、では遠慮なくいただきます。」
とパスタに手を伸ばした。

大樹はあまり大量には食べられない体質であるが、小盛りにしてあった為に完食出来た。

「とっても美味しかったです……俺、また来させて頂きます。あの、お会計をお願いします。」

基が話があるらしいと葵が話していたが、基は大樹が美味しそうに食べている所を遠くから眺めているだけであった。

「今日は料金は頂けませんよ。次回からはちゃんと頂きます。」
基がレジの近くへやって来て、葵に目配せをした。

「そんな……払わせて下さい。今日はお詫びとお礼に伺ったんです。この上……こんなにご馳走になってしまっては……俺、どうしたらいいか。」

大樹は困った。本橋課長のご友人で、会社のお得意様だと聞いているので、余計に神経を遣ってしまう。

その時、葵が両目を見開いて基に振り向いた。濃い顔が尚更濃すぎる顔になった。

「ねえ、基!アタシ考えたんだけど!」
「……なんだ、いきなり薮から棒に。」

基に話しかけ、また途中で大樹に向き直り、葵は目を輝かせた。

「ねえ?大樹君?今日はお詫びとお礼の品を頂いたじゃない?だから、これで充分なのよ。」
「え、ですが、今日のお食事を頂いてしまうなんて……。」
「心苦しい?」
「は、はい。」
葵の目の色が更に輝いた。と言うよりは、企む顔に見えた。
「じゃあさ、提案て言うか、お願いが有るのだけどぉ……?」
と後ろの基に目を向けつつ、大樹の両手を手に取った。

「葵?」
「えっ?お願い?」

「そうなの。アタシたち、大樹君に頼みたい事が有るのだけどぉ……ご協力して頂けないかしらぁ~……ね、基?」

「……えっ?ご協力?」
「葵?お前、何を言って……?」
「あら、アンタいつも言ってたじゃないの。マーケティングに違う世代の人が手伝ってくれないかな、って。」

「……あ、そうか……。」
「でしょ?アタシも夏までに要員が欲しかったのよねえ。大樹君ならピッタリよ!探す手間が省けたわ!」

まだ大樹は返事をしていないのに、葵は話を進めようとしていた。大樹は両手を掴まれたまま、キョトンとした顔をしている。

「あ……あの、俺、いえ、自分に出来る事でしたら……協力させて頂きます。」
「あら、ホント?助かるわあ!基とアタシ、一つずつ頼みたい事が有るのよ!」

そこでやっと葵が大樹の両手から手を退いた。

なんだろう。急に大樹は不安になった。そんな表情を見て取ったのか、基が大樹に近づいて来た。
「俺のお願いは、そんな大した事じゃないんだ。うちの店ではない場所で、さっきみたいに食事をして貰うだけなんだ。」
「えっ?ここじゃないんですか?」

「そうなんだ。ライバル店や同業者の店の下見と言うよりは、敵情視察かな?メニューが被っていないか、味や店の雰囲気はどうか、お客様の年齢層はどんなか、またターゲットはどの年齢層か……これらは俺が見るけど、大樹君には料理の味の感想を教えて欲しいんだ。」

「あ……料理の感想、ですか。それだけなら……出来そうです。」
「良かった。じゃ、お願いします。」
「良かったわね!基!」
「ああ。助かるよ。」
「大樹君、アタシのはねえ、とあるお祭りに一緒に行って頂きたいの。」
「え?お祭りですか?」
「そ。アタシと基と、後何人かで一緒にお祭りに行って、屋台で食べまくるのよ?どうかしら。多分7月後半になると思うのだけど。」

「お祭りに行くだけなんですね?」
「そうよ。簡単でしょ?」
「あ……はい、自分にも出来そうです。」
「有難う!じゃ、決まりね?ああ~アタシも助かるわあ!ってことで、今日のお食事代はチャラよ?次回から頂くわね?」

基が少し不安そうな顔をしていたが、大樹は思いもよらなかった展開に、二人の表情までは気が回らなかった。

お二人のお手伝いが出来れば……本橋課長や会社に少しは顔向け出来るかなあ……?

これから先に何が待ち構えているか、知る由も無い大樹であった。

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