小西大樹「就職したら親戚が増えました」#7 邂逅編 空白の一日①

……今、何時だろう。

大樹はベッドの中で、寝返りを打ちながらぼんやりと思った。

なんだか身体がスッキリしている様な気がする。ぐっすり眠れたのかな……もう起きる時間かな……?

ベッドのヘッド部分に置いてある、小さな目覚まし時計を取ろうと、目は瞑ったまま、右手を伸ばした。

あれ?……無い?落っことしちゃったかな。
もう一度手を伸ばし、何となく違和感を覚える。

ヘッド部分が変だ。っていうか、高い。いつもなら手が届くはずなのに、おかしい。

「え……?」

目を擦りながら、体勢を変えて起き上がろうとして、ギョッとする。
薄暗い照明が点いているらしい。ぼうっとしろっぽい何かが左側に見えた。

ーーーえっ?何でカーテンが向こう側……?左に有るんだ?

大樹のアパートのカーテンはベッドの右側に有る。起きて直ぐに開けられるはず……?目覚まし時計も無い。ベッドも広々としている様に感じる。
だんだん眼が薄暗闇に近い照明に慣れて、部屋全体が見え、大樹の眼も頭も同時に覚醒した。

「えっえっ!ここ……俺の部屋じゃ、ない!えっ?あれ?」

知らない部屋で、知らないベッドでぐっすり眠っていたらしい……そこでやっと自分がパジャマ姿で、額に冷却シートを貼られている事に気が付いた。

え……俺パジャマなんて持って無いよな?しかもこんなブカブカなやつなんて……額に貼られているシートは、冷たくて気持ちが良い。

「……何で?どうしたんだ?」

記憶の糸口を辿る。探す。昨日は、確か、本橋課長と同行して、その後でお得意先の近くまで送って頂いて……お店の中に入って……書類を……?

「あ!書類!重要書類!!」

あれ?渡して無かった!そうだ、俺、気分が悪くなって……?

途端に冷や汗がぶわっと噴き出した。
もしかしなくても……俺。とんでもない大失敗を……ていうか……その前にここは何処?

「あ、やっと眼が覚めたかな。」

音を立てない様に、そうっとドアを開けた基がそこに立って居た。

背の高い、スマートな人だ。誰だっけ……?

「あの……おれ、じゃない、自分は……。」

「昨日ウチの店に来て直ぐに具合が悪くなったの、覚えてる?昨日というか……夜が明けたら一昨日になるけど。気分はどうかな。」

「……え……昨日。一昨日?あ!書類!オーナー様に封筒を!」

「それなら、もう受け取ったよ。俺がオーナーなんだ。基といいます。宜しくね。」

「え……オーナー様……っ!!」
瞬時に震え出した大樹は、やっと事態を飲み込めた。ここはオーナー様の家だ!俺、凄いご迷惑をお掛けしてしまった!会社のお得意様なのに!なんて事を!!

「もっ、申し訳ございませんでした!あのっ、自分、は、」
「落ち着いて。気分はどう?君は一日以上眠り続けてたんだよ。」
「……一日……以上?ご、ご迷惑をお掛けしましたっ、申し訳ございませんでした!」

ベッドの上で慌てて正座し土下座をして、そこで勢いのあまりくらっ、と眩暈がした。

「ほら、そんな急に動いちゃダメだ。」
基がベッドの上に腰掛けて、土下座した後で突っ伏してしまった大樹の肩を掴んで起き上がらせた。
肩が僅かに震えている。熱がぶり返すのか、それとも失態を晒したと思い震えているのか、基にはわからない。

「寒い?気分はどうなんだ?」
ハッ、として顔を上げると、また勢いでくらっとする。

「……すみません。気分は、大丈夫……です。寒くは、ありません……。」
いつの間にか、サイドテーブルにあったライトが柔らかな色に灯されていて、隣に有る日付表示のある置き時計が真夜中の零時過ぎを知らせていた。

「あ……れ?4月30日……?」

大樹が岬に伺った日は28日のはずだった。
まさか、あのままずっとここに!?

どうしようどうしようどうしたらどうすれば!?
大樹の頭の中は、真っ白になってしまった。視線も言葉も宙を舞っている。

「喉が渇かないか?お腹空いたろう?なんか温かいスープでも持って来ようか?それとも、冷たい方……スポーツドリンクの方がいいかな。」

物凄いご迷惑をお掛けしたのに……この人はなんて優しいのだろう……大樹は、問われている事をそのまま聞き流して、俯いた。

「ご迷惑をお掛けした上に……そのような事までご心配頂いてしまって…本当に申し訳ございません。そして、有難うございます。」

俯きながら言葉を続けた。
「自分はアルコールにとても弱くて……伺う時間帯が昼間でしたので、注意が足りず……。」

「こちらも知らなかったし。しょうがなかったよね。会社は休みだろう?ゆっくりするといいよ。俺はここで独り暮らしだから。」

「いえっ!そんなわけには!」
目の前に腰掛けている基を見上げて、背が高い人なんだな、と大樹はぼんやり思った。

「丁度今日は俺も休みだから、ゆっくりしよう。俺はこれから遅い夕食……いや、夜食を摂るから、一緒に食べよう。君は丸一日食べてないんだから、何か腹に入れないとね。俺に作れる物ならばリクエストを受けるよ?こういう時の好意は有難く受け取った方が良いよ。その方が俺も安心するし。」

その時、大樹の腹部でぐぐぐぅ~と音が鳴り響いた。

「やっ!これは……っ!」
「正直で宜しい。今さ、俺は中華風雑炊にはまっているんだ。なんちゃって中華だけど、それでいいかな。それともリクエストしてくれる?」

「あ、りがとうございます……それを頂けますか。」

大樹は、自分自身の情けなさと、空腹を覚える身勝手な腹の情けなさでいっぱいであった。

葵も基も苗字を明かさない。『杉崎』を名乗ると、自分たちが本社、支社の息子たちとバレてしまうからだ。
でも、大樹にはそれどころではなかった。
会社の大事なお得意様にご迷惑をお掛けした後の行動を、連休明けに本橋課長にどう説明して、どうお詫びして、どうしなければならないかを指示して貰おうと真剣に考えていた。

「いくら新入社員だからって、ここまで酷いミスはやらかさないよなあ……。」

連休明けに出社拒否を発動しそうな大樹だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?