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そうだ、楽しさを作ろう。

最近最初の文を全然考えてなくて、変なこだわりだけど、ちゃんと続けないとなと反省している、まみずです。

今日は「充実感ある楽しさ」ってこうすれば簡単に作れるのでなないのかとなと思った事があったので、それについて書いていきます。

今日はオンラインで先輩社員の方数名とテーマを元に雑談ベースでディスカッションを行ったのですが、そこでオンライン飲み会やそこで美味しいご飯を食べるのが楽しいって仰った方がいまして、

それに対して自分が、
「画面を通して、美味しものを食べて、会話して、お酒を飲めたら、それってリアルと同じ楽しさになっているんですか?」
とリアルのコミュニケーションをどのくらい、オンラインで担保出来ているのか気になって聞いてみました。

それでそこにいた複数の社員さんの返答としては、オンラインでは完全にはまかなえてないとの事でした。

では何が違うのか考てみたら、ある社員さんが仰ったのは、
「本来の目的とは別のコミュニケーションが生まれていないから、刺激が少ない」
と仰っていました。

ほう、なるほどと。
その人が例にあげていたのは、隣の人の料理が美味そうだからこっちにも頼んでみようとしたり、次何の飲み物を注文するとか、本来は色んな種類のコミュニケーションが発生していると。
でも会議ツールを通して行う事で、無駄な事が省かれてしまっている

この「無駄」って結構大事何だなと。

以前書いた、この記事の1つ目の文章にも、
「目的を設定する事で、それ以外が見えずらくなってしまう」
「目的以外に対しては合理性を持っていない」

と書いたのですが、まさにこの無駄は本来は無駄ではないんだと。

例えドラマの中の一部の美術だとしても、ドラマの空間を作る上では必要なのです。その無駄がある事で楽しさが生まれるんだと思いました。

▶︎ 無駄の正体

では一体、ドラマの空間を作る上では必要な「無駄」とは何なのか。

自分が思ったのは「五感への刺激」です。
これはどういう事なのか、頑張って説明してみます!

五感とは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の5つです。
先ほど書いたオンライ飲み会にない、リアルのコミュニケーションに含まれている「色んな種類のコミュニケーション」はこの5つに対して色んな角度から刺激を与えているのです。

机の上に並ぶ料理の数々、お店に響く音楽や笑い声、店内や外の香り、料理の味、一緒にいる人にツッコんだり、と言葉にすると似ていてもそれぞれ細かく違い別の体験として、その場で味わうのです。

そしてこれらを増幅させるのが、人との感情の共有です。
人と感情を共有して、共感するなどのコミュニケーションを通して、より楽しかったとなるんだなと。

そう考えると飲み会が出来ないからと言って、「じゃオンライン飲み会をすればいい」とはならないんだと思いました。
ならないというか、完全に変わる存在ではないんだと思いました。

多分、この五感全てが共有出来てなかったり、五感を共有する距離が遠く感じるからだと思います。
オンラインの会話なのかテレビ電話なのか、分かりませんが、この離れている様に感じる距離感や間を埋めようとして疲れてしまうのかなと。

(とは言っても会話量が減ると、キャッチボールが下手になったなと最近思った。雑談。)

▶︎ 楽しさを作るには

つまりこの「楽しさ」を簡単に作るためには、この五感に対して色んな刺激がある事が大事なんだなと。

だからこそ、この時期に料理始める人が多く、色んな料理や形を作れる「小麦粉」が売れているのかなと思いました。

人間コントロールできるからこそ感じる安定感と引き換えに、刺激を減らしている事で「つまらなさ」を手に入れているのかなと。
だからこそ、ある程度予測はできるけど、予想外の楽しさが生まれるものをやって見るのがこの期間や、この先の趣味として自分のモチベーションに繋がると思いました。

決めすぎずに、五感を使う体験をしてみるのをやってみようかしらと、GWを過ぎて思いついてしまうという悲しさ。

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