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「分かりやすさ」と「自分らしさ」。

今日から在宅ワークになって思ったのは極力こっちが良い。
がっつり9時間働いているのに昼休みに平気でランニングしに行く余裕があって快適さが違った。まだオフィスに慣れてないだけかもしれないが。


今日はある記事に対して所感を書いて、そこから人が書いた所感に対する所感を書き、計4つ、3200文字くらいを書いていたのですが、なんか思ったより少なく今ショックを受けてます。
そのくらい色々考えながら書いていたのですが、「その中で表現や使う言葉」に対して思った事があったので、それについて書きます。


感性を伝える表現

先日、ESを添削していて思った言葉一つからこだわって書くべきだという事を書いたのですが、今日その書いた本人が”相手に伝える”という事に、非常に苦労していました。

まず1つの記事の内容が
「人とコラボレーションを通して、クリエイティブをするにはどうすれば良いのか」というのに対して、

自分独自のパターンランゲージによる「一貫性ある人物(軸)」になると、
その人から出てくる考えは同じだとしても、一貫性を極める事による“深さ”や“考えの出力の安定性”が出てくると思うので、人とコラボレーションを生みやすいと思いました。

*パターンランゲージ=共通言語、知られていてよく使う言葉的な解釈

と一部抜粋ですが、こんな感じに書きました。

自分なりに”軸”とか”一貫性”とか相手が聞き慣れてそうだなと思う言葉を使って、
「一貫性を持った様な感じで相手に接すれば、相手も自分を理解しやすくなるから、相手と上手く物事を取り組めるよね」って事を言いたかったんです(#最初からそう言えよ)。

でも自分は上の様に書きたくて、
なぜなら人間は、単純そうで複雑だったり、感覚や反応で動いたり熟考しながら生きているので、そんな人間の面倒くささを出したいなと思っていました。


他にも色々あったのですが、
2つ目のテーマの「一般人の知性の集合体は質が高いのか?」的な話で、

今はVUCAの時代だからこそ、関数の様に何かが変われば連動して他も変わるため、サイエンス的に計算して正解を出すのは難しいと思います。
そこで正解にするためにはアートが必要だと思っています。ここで言う主体性の事です。または熱量とか言ったりしますが、やりきる力が必要だと思います。
つまり自分が表現したい事(アート)を、計算し設計し(サイエンス)、やりきるのが大事だと思っているので、西垣さんが「主体性とは未来を向く」とおっしゃった時に、凄く納得できました。
将来に希望があると思って、むちゃな行動を出来るのは人間らしさだと思ってるので、今のコロナという時代の変わり目に希望を持って考えながら生きていこと思いました。

*VUCA= 四つの頭文字を元に、現在の社会経済環境がきわめて予測困難な状況に直面しているという時代認識を表す言葉

これは完全に「アート」と「サイエンス」という言葉を使いたくて、
というかこれ以外で、言いたい事を言ってくれてるコンテクストの高くて、伝わる言葉が見つかっていないので使ってます。

これは完全にNews picksからの言葉で、動画を観てたら何度も出てきたので体に染み込みました(アートの言い換えは”ケインズのアニマルスピリット”しか持っていないけど、絶対こういう動画観てないと伝わらない)。

言いたいのは、
「頭のみで物事を考えても、自分のやる気がないと上手く行かない時代だよ」って事です(#だからそう言えよ)。

この前は、「モノの時代からコトの時代になった」と言っても伝えられなかったので、説明してる人は上手いなと思いました。

感性が伝わらない

こんな感じで書いてると、「言いたい事は伝わったけど、咀嚼しきれない」などのコメントをもらい、「誰にでも伝わる言葉を選ぶか、自分らしさを出すか」悩みました。

自分が感性を伝えたいなと思う時の表現は、基本的にコンテクストの高さく、かつなるべく日常的な言葉を使う様に意識してます。
さらに動作や状態や感性を細かく伝えたい場合は、比喩を多様します。
その比喩を持ってくる所が独特過ぎるのかなと(今日は”矢沢永吉”を使いました)。

ある意味、自分らしいとこから取ってくるので分からないのは当然です(逆に理解してくれる人に感謝しろ)。

そんな感じで悩んでたのですが、今日ちょっと解決しました。
これも記事の中にあった言葉で、
「誤解も含めて、コミュニケーションが成立する」という言葉です。

人は”言葉”を使ってコミュニケーションしてますが、その言葉の背景の感覚的な”本心”とか”意識”って、データを送る様な感じで、覗けたり理解できないじゃないですか。
そんな中で言葉を使ってやりとりしてるから、そりゃ人間だから、相手のイメージと間違って捉える事は起きるという事なのですが、
自分は都合よく、自分の感性を伝える時は”伝わらなくても良いか”という心持ちが少し出来る様になりました。

反対に共感を求めた行動すると、相手に依存した行動になり、自分がなくなる方が嫌なので、いい意味で諦めました(多分ワガママ)。

自分らしさ vs 伝わる

そこで問題なのが「自分らしさを出す度合い」です。

どのくらい自分を出しながら、相手にも寄せるか。
人数が増えるほど、伝わる言葉の最大公約数が下がって行きます。

多分そのキーになる目的が、
「考えを深める事」なのか「伝える事」なのかだと思いました。
前者の方はコンテクスト高くする方が良くて、後者は一般ウケする方が良いという事です。
このnoteも一応後者のつもりです(さっき思ったから、伝わってないというか文章がお粗末で伝わってない可能性も十分ある)。

キンコンの西野さんは「誰にでも分かりやすく伝える様する」のを意識されていて、この前書いたサカナクションの山口さんの動画では「最初は大衆ウケするのは作らない」と話されていて、正解はないなと(でもお前、アーティストではなくね)。

基本的には前者だと思うのですが、後者が滲み出たら、それも味だと思っておきます。
まあこのタイミングを社会人で考つつも、「誤解も含めて、コミュニケーションが成立する」を元に意見が違う事を恐れないスタンスでいようと思いました。


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