「都会化スイッチ」の境界線
412日目。
昨年11月に岐阜県・美濃市を旅しました。
マーマーなフェス2022にあそびに行くためです。
フェスということで、全国各地からマーマーファンの皆さんが集ったわけなんですが、のんびり屋のわたしは、宿泊先を確保するのをずいぶんと後回しにしていました。
フェスに行くって決めてるならささっと予約すればよかったのですが、まぁなんとかなるかなー、なんて思っていました。
がっ!
のんびり構えていたせいで、美濃市のお宿はどこも満室…。
やっぱり…。
ですよねー…。
というわけで、美濃市へのアクセスが良さそうな他のエリアでお宿を探してみることに。
でも、せっかく行くなら行ったことのないエリアで、かつ都会じゃない方がいいなーと思ったわたしは、郡上八幡のゲストハウスを予約しました。
結果、フェス翌日は、郡上八幡を満喫〜。
楽しい旅でした。
今回は…
【1日目】
東京→名古屋→岐阜→美濃太田→美濃市→郡上八幡
【2日目】
郡上八幡→岐阜→名古屋→東京
という旅程だったのですが、移動を通じて、ちょっとした気づきがあったので、今日はそれについて書いてみようかな?と思います。
*
地方の県庁所在地、だけど都市部からは離れているので、ピザの配達は来ない(遠すぎるから)、出身エリアの地名を告げても同じ市内に住んでいる人にさえ「?」という反応をときどきされる(それどこ?知らない…という反応)というようなところで、わたしは育ちました。
まぁ、要するに、田舎の子、な訳です。
そんなわたしは、体内に「都会化スイッチ」なるものを内蔵して生きているんだな、って気づいたのです。
田舎育ちで、もともとがのんびりぼんやりした性格ですから、田舎に行くと「おぉ…この感じこの感じ!」と、身体やアタマが緩んでいくのが分かります。
ぼんやりしててもよくて、いい意味で自己と他者の境界が曖昧で、無防備でいてもいい、と言ったらいいのかな?
緊張しなくても存在していられる体感覚、とも言えるでしょうか?
一方、ふだん都会で暮らしているわたしは、もうちょっと、なんというのかな、やっぱり身体が緊張しているんだな、って感じるのです。
実家にいた年数より、上京してきて都会で暮らした年数の方が長くなっているので、都会で暮らしているのが今やデフォルトなのですが、やっぱりどこか緊張しているんです。
ギアをしっかり入れてシャキッとしてないとここでは暮らしていけないぞ!と「都会化スイッチ」をオンにして、わたしは生きているんだな、って。
この「都会化スイッチ」、どのくらい田舎に行くとオフになるのかな?
どのくらい都会に来るとオンになるのかな?
ってことが、今回の旅の移動で、なんとなくわかったのです。
「都会化スイッチ」のオンオフの境目は、今のわたしにとっては、岐阜でした!
郡上八幡から高速バスに乗って岐阜駅に着いたとき、「都会化スイッチ」が入りはじめたのがわかりました。
つまり、地方の県庁所在地レベルの都市に来ると、わたしの「都会化スイッチ」はオンになるのです。
名古屋とか東京なら、「都会化スイッチ」はマックスでオン!なわけです。
都会暮らしにすっかり慣れたから、「都会化スイッチ」は名古屋や東京あたりで入るのかと思いきや、そうではなかったですねぇ。
地方出身で、大人になってから都会で暮らしているよ!という方で、この感覚わかるよ〜!という方はいらっしゃるかなぁ?
それとも、わたしだけ???
逆に、生まれも育ちも都会だよ〜!という方は、どんな体感覚で生きておられるのか?に、わたしは興味津々です。
ということで、今日は、体内に内蔵して生きている「都会化スイッチ」のお話でした〜。
*
そうそう。
「田舎化スイッチ」も体内に内蔵しています。
「田舎化スイッチ」。
ぼんやりと緩んでいる、緊張してない。
いいことじゃん!!!楽しそう!
ってわけでもないんですよ、これが…。
「田舎化スイッチ」は、田舎での暮らしをサバイブするための、
「都会化スイッチ」は、都会での暮らしをサバイブするための、
適応スイッチなので、それぞれに特徴がありますね。
「田舎化スイッチ」のお話は、またいつか書いてみたいです。
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第8期、終了いたしました。
ご参加下さった皆さま、関心やお気持ちを寄せて下さった皆さま、ありがとうございました。
話すことで見えてくる「自分の内側」を感じていただくセッションです。
サポート頂けると、とってもうれしいです💖 誰かに言葉を贈ること、誰かを言葉で祝福することが、わたしにとって、とても楽しく喜びを感じる瞬間です。頂いたサポートは、ぐるぐると循環させて、生きたエネルギーとして、また別の誰かに、何かに、お返ししたいと思っています。