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イギリス2020年、秘められたメッセージが秀逸だったジョンルイスのクリスマス・アド。贈りたいのは「少しの愛♥」


例年11月に入り、ガイフォークス・ナイトが終了したくらいから、イギリスの大型リテイラーがクリスマス用のコマーシャル(クリスマス・アド)を放映し始める。もちろんクリスマス商戦を目の前にし、この期間の国民の購買欲を掻き立て、少しでも売り上げを増やそうという目論見が根底にはあるのだが、このクリスマス・アド、毎年のことだが、非常にクオリティが良いのである。ツリーやサンタ、ミンスパイなどクリスマス・クリシェは言わずもがなだが、リテイラーによっては、その年の出来事を反映したドラマ仕立てなものもあり(2分以上のものもある)、映像コマーシャルにしては完成度が高いのが特徴だ。

というわけで、各社のクリスマス・アドを、毎年今か今かと心待ちにしている人たちも少なくない。イギリス人の中には、クリスマス・アドを観ないことには、クリスマスがやってくる感じがしない!という人も。

この記事ではその中でも恐らく一番期待度が高いと思われる、英大型デパートメント・ストア「John Lewis(ジョン・ルイス)」のクリスマス・アドを紹介しよう。

まずは、下のリンクで2020年、ジョン・ルイスのクリスマス・アド全編を観て欲しい。


ハート(♥)をシンボルとし、 「Give A Little Love (少しの愛を贈ろう)」をテーマに作られた今年のアド。そのテーマのごとく、ジョンルイスは今回2つの慈善団体、FareShare(フードバンクを運営するチャリティ―団体)とHome-Start (恵まれない社会的弱者をサポートする団体)と協力し、集まった寄付に対して最大£2million(約3億5千万円)までマッチすると約束している。


アドの内容はというと、観ていただくと分かると思うが、サッカーボールが木に引っかかってしまい、途方に暮れている少年、そこへ少女が現れ、持っていた傘(♥)で落としてくれる。助けてもらった少年は次に下半身が溶けてしまった雪だるまに遭遇し、その雪だるまを助ける・・・、という、助けてもらった人(々)が次の人(々)を助ける、という親切心や思いやりの連鎖がストーリーの軸となっており、シンプルだが美しいメッセージが込められている。

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ストーリーの良さもさることながら、このアドのサウンドトラック、美しい歌声の正体は、British-Jamaican シンガーのCeleste(セレステ)。今回のアドのために特別に書き下ろしたという “A Little Love”と呼ばれるこのオリジナルソングは、ダウンロード1回につき、10ペンスがレコード・レーベル、ポリードールから今回ジョンルイスと協力しているチャリティーへ寄付される。

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ブリッツ・アウォードで優勝経験もあるセレステ。


先ほど、シンプルなストーリーと書いたが、そこはクリスマス・アドの王者ジョンルイス、シンプルながらも多少のヒネリは忘れない。

というのも、実はこのアドにはいくつかのメッセージが秘められており、気付いた視聴者はすでに感嘆の声をあげている。その隠されたメッセージの一部を紹介しよう。

まずは、スノーマンにより新しい車のタイヤ(♥)を与えられたカップル。修理した車で向かうのは年老いた夫婦の家であり、ウエイトローズの袋一杯の食料雑貨を運んでいる(ウエイトローズはジョンルイスのパートナーシップであるスーパーマーケット)。ロックダウン中の買い物代行のボランティアなのか、フードバンクなのかは不明だが(イギリスのメディアは各々の解釈をしているが、もしかすると両方の意味があるのかもしれない)、いずれにしてもこの老人夫婦のために、その玄関先に袋一杯の食料雑貨を置く。

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玄関先に置かれたウエイトローズの袋も(♥)の形。


イギリスのフードバンクに関しての記述は、英ブライトン在住ライター/保育士、ブレイディみかこ氏の著書にもたびたび現れるが、イギリスの抱える貧困問題は実はコロナ・パンデミック前から深刻化しており、フードバンクに頼らざるを得ない世帯はパンデミック後増加の一途だ。

今年3月にイングランド代表/マンチェスター・ユナイテッドの現役フットボーラーであるマーカス・ラッシュフォード選手が、イギリス全体にはびこる子供の貧困問題を挙げ(前述のフードバンク活動を運営する慈善団体「Fare Share」のアンバサダーでもある)チャリティー活動を行った。また10月にも、ハーフターム中(イギリスの学校では学期の真ん中に1週間の休みがある)にも子供達に十分な食料が届くようにとキャンペーンを行った。というのも、貧困家庭では学校給食が唯一のちゃんとした食事、という子供たちも少なくないため、学校が休みになって給食が与えらないと、まともな食事にありつけない子供たちがでてきてしまう。フードバンクは以前よりも存在していたし、これまで何万戸という家庭に食料を配給してきたが、コロナ禍により職を失った家庭が増え、今まで以上にそして急速にその需要が高まっている。実はマーカス・ラッシュフォード選手自身も貧困家庭の出身で、シングルマザーの元3人兄弟の中育てられた。食料品の買い出しは1ポンドショップで、1週間分の予定がきっちり組まれていたため、足りなくても我慢するしかなかった。食べ物が十分に渡らない、辛かった自分の経験を踏まえて同じような境遇の子供たちを少しでも減らすべく、チャリティ―活動を遂行している。「子供たちは集中するべきことは学業であって、明日の食べ物の心配をするべきではない」と言う。彼は自らフードバンクの集荷所へ向かい、その仕分け・宅配を自身の母親と手伝った。

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フードバンクを手伝うマーカス・ラッシュフォード選手と母親。この度功績が認められ、MBE(大英帝国勲章)の称号を与えられた。


話をアドに戻すと...。

食料雑貨を配達してもらった老夫婦は、バッグのなかからクリスマスクラッカーを取り出し、一人で住んでいる孤独な隣人と共有する(♥)。クリスマスクラッカーの中にはトリビア・ジョークが入っているのだが、それを見た孤独な隣人は笑って夜を過ごす。ロックダウン中誰にも会わず、誰とも話さないで過ごしている人たちがいる。家族からの訪問も受けられず、孤独で辛い毎日を送っている人もいるだろう。しかし、このようなほんの少しの隣人とコミュニケーションが人を幸せな気持ちにする、ということを表している。

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バスの中。眼鏡が壊れ、悲しそうにしている女の子。隣に座っていた女性が持っていたりんごのステッカー(♥)を剥いで眼鏡の折れた部分に張って修理する。この女性は青いユニフォームを着て、首から証明書の入ったストラップを下げており、その証明書にはブルーのクロスマークが...。彼女はNHS(国民医療サービス)のスタッフなのだ。コロナ・パンデミックで医療の前線で人命救助に当たっているNHSスタッフはまさにスーパーヒーロー。彼女はその一人なのだ。

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よくみると、証明書には“Salina”という名前も。擬人化することにより、現実味がわく。


今回の2分強のアドは、9つの全く異なるスケッチで構成されている。ミュージック・ビデオ制作者のクリス・ホープウェルやフランス人アニメーターのシルヴィアン・コメットなどを含む様々なジャンルのクリエーター8人によって創られたこの作品。一つのスタイルに絞らず、あえて違ったスタイルのスケッチを織り交ぜることにより、今回のパンデミックで大きく被害を被ったアート産業に少しづつであるが貢献している。

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アニメーションあり、実写あり、クレイモーションありのバラエティに富んだ映像。キャラクターは統一しながらも、その見た目がジャンルごとに変わるのが面白い。

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ローストターキーやミンスパイと同じくクリスマスのフェスティブ・シーズンには欠かせないものとして、ジョンルイスのクリスマス・アドをそれはそれは心待ちにしていた一部の人たちは、ブロックバスター級のドラマが展開されなかったことに憤慨してしているようだ。しかし、このローキーなアドの中にも、間違いなくドラマはあるし、「人に優しく、そして少しでよいので愛を与えようではないか」というのがこのアドのメッセージであって、もう2020年はコロナ以上にもうドラマはいらない、というコロナ疲れも反映しているのではないかと思う。

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参考のため、こちらが2019年のクリスマス・アド。エドガーという名前のドラゴンと少女の友情が美しい。


調べたら2011年だった!私の一番好きなジョンルイス・クリスマス・アド。ティッシュ用意して最後まで観て!




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