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すずらんの約束

「ハッピーバースデー!」
「おたんじょうび、おめでとう」
 パパやおばあちゃんの明るい声に、ゆみはろうそくの火をふきけしました。
 今日はゆみの九さいのたんじょう日。ゆみのおうちには、パパの妹のはるこねえちゃんや、はるこねえちゃんの赤ちゃんのしんちゃんもあつまって、ゆみのおいわいをしています。
 テーブルには、ケーキやおすしやからあげ、プレゼントもならんでいます。
「みんな、ありがとう」
 ゆみがほっぺをピンクにして、お礼を言うと、しんちゃんが声をあげて、プレゼントをほうり投げてしまいました。
「ゆみちゃん、ごめんね」
 はるこねえちゃんがもうしわけなさそうに、しんちゃんをだっこしたまま、プレゼントをひろいに行きました。
「う、うん」
 ゆみはむりして笑ってみせました。
 しんちゃんは一さいの男の子。ずんぐりしてて、わがままいっぱい。ぐずぐず泣いたり、笑ったり。そのたびに、はるこねえちゃんがあやしたり、だきしめたりします。
 ゆみはそのようすをじっと見ていました。
 しんちゃんは、お気に入りのハンカチを投げては、ひろってもらい、それをくり返しています。
(まるで、小さな王さまみたい)
 ゆみはきゅうにいじわるな気もちになり、遊んでいるハンカチをかくしてやりたくなりました。
 そのとき、ゆみのきもちをまぎらすように、パパがDVDをデッキにさしこみました。
「さぁ、DVDじょうえい会だ」
「なんのDVD?」
「パパとママのけっこん式のDVDさ。この前、おしいれの中から見つけたんだ」 
 DVDの中では真っ白なドレスを着た女の人が、パパとほほえんでいます。やがてがめんは、白いきょうかいの、ろうかを歩く、女の人とおじさんをうつしだしました。
「あ、ママだ。これママだよね。そしてこのおじさんは、おじいちゃん」
「そうだよ。花よめさんのお父さんが、花むこさんのところへ、つれてきてくれるんだ。あの道はヴァージンロードっていうんだよ」
 パパは、ママとおじいちゃんが歩いていた赤いじゅうたんをゆびさして言いました。
「ママ、すっごくきれい」
 ゆみが思わず、うっとり見とれてしまったときでした。
 しんちゃんが、きゅうに手足をばたばたさせて、泣きはじめたのです。
「お兄ちゃん、ごめん。ちょっと外に行って、あやしてくるね」
 はるこねえちゃんがこまった顔をして、しんちゃんをだっこして、へやを出て行きました。
「しんちゃんは、赤ちゃんだから、しかたがないんだよ」
 おばあちゃんが、ゆみをとりなすように言いました。
DVDはまだつづいています。
 ママとパパはきょうかいのにわで、たくさんの人から「おめでとう」と言われています。人々は手にお花のようなものを持って、パパとママにふりかけています。
「あれは何?」
「ライスシャワーっていうんだよ。パパとママがしあわせになるように、みんながいのってくれているんだ」
「ふーん」
 外からはまだうるさいくらいに、しんちゃんの泣き声が、きこえてきます。
 ゆみはせっかくのたんじょうび会なのに、しんちゃんのせいで、少しもおもしろくありません。だんだんいらいらしてきて、思わず声をあらげました。
「いのってもらっても、パパとママはしあわせになれなかったんだね。だってママは死んじゃったんだもん」
 へやがしーんとなりました。
「ゆみ、どうしてそんなことを言うんだ」
 パパがしずかにたずねました。
「だって、ゆみにはママがいないんだよ。はるこねえちゃんみたいに、だきしめてくれたり、ハンカチをひろってくれる人はいないんだよ」
 ゆみもまっかになって言いかえしました。
 パパはとても悲しかったのです。
 ママはたしかにゆみをうんで、すぐに死んでしまったけれど、短いあいだでもママといっしょにくらせて、とてもしあわせだったからです。ママとのあいだに生まれた、たった一人のゆみも、かけがえのない、たからものでした。
「ゆみ、ゆみは気づいてないかもしれないけど、ゆみのそばにはいつもママがいるんだよ。見えないけれど、ゆみのすぐ近くでママはゆみのことを守ってくれるんだ。ゆみとママはいつもいっしょなんだ。きょねんの夏に海でゆみがおぼれかけたのは覚えてる? あのとき、パパがすぐゆみをさがしに行かなければ、ゆみはおぼれ死んでいたかもしれない。でもあのとき、パパにはママの声が聞こえたんだ。ゆみがたいへんって」
 パパはしんけんな顔で言いました。
「うそ!」
 ゆみはびっくりして言いました。
「うそじゃない。パパのそばにもママはいつもいるんだよ。ママのことを忘れないかぎり、ママは生きているのと同じことなんだ。話せないかもしれない。すがたも見えないかもしれない。でもママはゆみのことが大好きで、天国から愛(あい)を送ってきてくれてるんだ。はるこみたいに、だきしめたり、ハンカチをひろってくれないかもしれないけどね」
 DVDはママとパパが、ケーキを食べさせあっている、ばめんにかわりました。
 パパのくちびるからいちごがはみ出て、鼻(はな)の頭に生(なま)クリームがついています。
「あはは」
 ゆみはふきだしてしまいました。
「おかしいだろう」
 パパも笑いました。
「パパとママはしあわせだったんだよ」
「うん」
「ゆみが、笑っていると、天国のママも、ここにいるパパもいちばんうれしいんだよ」
 そう言って、パパはゆみの頭をなでてくれました。

その夜、ゆみはママのことを思って、なかなかねむれませんでした。
(きょねんの夏、海でママが助けてくれたなんて。あのとき、すっごくこわかった。ママにありがとうって言わなきゃ)
 ゆみはひとりでテレビのあるへやにおりていきました。
 へやの電気もつけずに、ゆみはテレビの前にすわりました。
 DVDのみかたはわかっています。でんげんをいれて、「結婚式(けっこんしき)」と書かれたDVDをさしこむだけです。
 すぐに始まりました。
 さっき見たのと同じように、ママは白いドレスを着て、てぶくろをはめてもらっています。おけしょうをしてもらっているママのすがた。はにかんでいるように、笑っているすがたもうつっています。
「カーン、カーン」
 かねの音が聞こえました。
 空はきれいな青空。しばふの緑もきらきらしています。
 白いはとが飛んで、さんびかが聞こえてきました。
 とてもしずかでやさしい歌声です。
(天使が歌ってるみたい)
 ゆみもやさしい気持ちになっていました。
 また、ママのすがたがあらわれました。
 こちらを見てほほえんでいます。
「ママ、ママ、あのね」
 ゆみは思わず手をのばして、言いました。
 ゆび先がテレビにうつるママにふれました。
 テレビのがめんはあたたかく、風のにおいがしました。
(ふしぎだな)
 ゆみは、がめんをさわりつづけました。
 やわらかな風がふいてくるのをかんじます。
 日ざしのあたたかさもかんじます。
 また、かねの音が聞こえました。
 さんびかの声も大きくなりました。
 とおくから人々が笑いさざめく声も聞こえます。
 暗かったはずのへやのなかが、太陽の光でいっぱいになりました。
 ママはこちらへおいでと言ってるようです。
 ゆみはまぶしい光につつまれました。ママがこちらを見て、手をふっています。
(ママ、ママに会いたいよう)
 ゆみが心からママに会いたいと、ねがったその時です。
 ゆみのからだはすーっと、がめんに入っていったのです。

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