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クリスマスの夜に

しずかな山奥の村に、雪がちらちらと、まいおりています。森の木々たちは、やさしく雪を受けとめながら、月明りに照らされています。 
 今日はクリスマスの夜。山のてっぺんに、たっている小さなおうちで、おばあさんが一人亡くなった、だんなさんのことを考えていました。
(まさひこさんが、亡くなってから、もう二十年以上たつんだねぇ。働き者で、だれに対してもやさしい、すてきな人だった。出会った若いころは、クリスマスなんてものはなかったけど、息子のけんたろうとりんたろうが、生まれてからは楽しかった。まさひこさんがサンタさんの、格好をしたりして。ふふっ、ほんとうに楽しかったねぇ)
 おばあさんの心に楽しかったクリスマスの思い出がありありと思い出されました。
(けんたろうはプラモデルを欲しがって、りんたろうはサッカーボールを欲しがったねぇ。二人ともサンタさんを信じていて、クリスマス前には、けんかすることもなく良い子にしていた。けんたろうは、昔からやさしくて、かわいらしくて、女の子にもてていた。りんたろうは、活発でがんばり屋で、年下の子からもしたわれていた。二人ともかわいかったねぇ)
 おばあさんは、けんたろうとりんたろうが、ケーキをほおばっている姿を思い出しました。おばあさんがその頃、クリスマスによく作っていた、くるみのケーキです。
「そうだ。今日はくるみのケーキを焼くことにしよう」
 おばあさんは、そう思い立つと、手際よく準備を始めました。おばあさんのくるみのケーキはくるみとバナナとチョコレートをくだいて、薄力粉とまぜてオーブンで二十分。
「ほいっ。できあがり!」
 おばあさんはいせいよく立ち上がりました。
 ケーキの甘い匂いが部屋いっぱいにただよっています。
 と、その時トントンと小さくドアをたたく音がしました。
「おや、まぁこんな寒い夜に、いったい、だれだろう?」
 おばあさんがドアを開けてみると、リスの親子が立っていました。
「私たち、ケーキの焼けるおいしそうな匂いにさそわれて来ました。ひと口分けてもらえまえせんか。私たちお腹がぺこぺこなんです」
 母リスが言いました。
 子リスは鼻をくんくんさせています。
「いいとも、いいとも。おあがんなさい」
 おばあさんはそう言うと、リスの親子を椅子に座らせ、気前よくケーキを切り分けて、テーブルにならべました。
 母リスと子リスは大よろこびで、むしゃむしゃっとケーキを食べはじめました。
「おかあさん、これとってもおいしいね!」
「ほんとう、おいしいわね」
 おばあさんは、その様子を見ていると、心があたたかくなってくるのでした。
 ひと息ついて、母リスが話し始めました。
「うちはついこの前、おとうさんを亡くして、この子と二人っきりなんですよ」
「そうかい。うちも下の子が十歳の時に、おとうさんを亡くしてね。それからは苦労したもんさ」
 おばあさんは遠くを見るような目で言いました。
「でも、その二人の息子は、立派に育ってくれて、今じゃ都会でエンジニアとやらだったり、プログラマーとやらだったりしているよ」
「そうですか。私もこの子にはたくましく育ってもらいたいと思ってるんです」
 母リスは子リスをいたわるようなまなざしで見ながら言いました。
「そうかい、そうかい。見てみな、この子のいい食べっぷりを。この子はきっとあんたの思うとおりに育つよ」
「そうだといいんですけど。それはそうと、おばあさん、人間の世界では今、はやり病とやらで、たいへんだと聞きました。息子さんたちは、だいじょうぶですか」
「そうだねぇ。うちの息子たちは体は強いし、いつも健康に気をつけているから心配はしてないんだけど、会えないのはさびしいねぇ」
「そうですよね」
「ビデオ通話ってのが、あるらしいんだけど、私は機械ものが、とんとだめでねぇ。あれで声を聞くことくらいしか、できないのさ」
 おばあさんは、部屋のすみっこに置いてある、電話機を指さしました。
 その時まだケーキを食べていた子リスが、二人の話にくわわりました。
「おばあさん、ぼく、良いもの持ってるよ。森の魔法使いさんから、もらったんだ!」
「何もらったの? 人からかんたんに物をもらっちゃいけないのよ」
 母リスが子リスに言いました。
「ちがうよ、ぼく、かれ草を燃やして、寒がってた魔法使いさんをあっためてあげたんだ。そのお礼だってさ。いいから、見て見て。これ、すっごく遠くまで見える望遠鏡なんだ」
 子リスはそう言って、チョッキのポケットから、つまようじくらいの小さな棒を出しました。すると、どうでしょう。それがみるみるうちに、人間が使うくらいの大きな望遠鏡に変わったのです。
「なんて、まぁ。立派な望遠鏡だこと」
 おばあさんは望遠鏡をのぞいてみました。
 最初は近くの畑しか見えませんでした。
「近くしか見えないねぇ」
 おばあさんは少しがっかりしました。
「おばあさん、祈るんだよ。見えろ見えろって、心の中で祈ってみて」
 子リスが言いました。
 おばあさんが心の中で見えろ見えろと祈っていると、あれあれまるで望遠鏡が空を飛んでいるかのように、山をうつし川をうつし、都会の街なみをうつしました。
「わぁっ……!」 
 おばあさんは思わず声を上げていました。けんたろうが楽しそうに喫茶店で彼女と、すごしているのが見えたのです。
 会話も聞こえてきました。
「うちのおふくろ、どうしてるかなぁ」
「お父さんを亡くされて、苦労したのよね。でも、けんちゃん、とってもまっすぐに育って、お母さん、きっと安心されていると思うわ」
「ありがとう。なぁ、コロナがおさまったら、会ってもらいたいんだけど」
「うん」
「プロポーズって、思ってくれていいよ。これ……」
 けんたろうが彼女に、指輪をさしだしています。
 彼女は涙ぐんでいました。
「まぁ、あの子ったら」
 おばあさんは二人の幸せそうな様子を見て、思わず顔をほころばせました。
 次は弟のりんたろうの番です。
 おばあさんはまた見えろ見えろと祈りました。望遠鏡はいくつもの都会のビルをうつし、その中のビルの一角をうつしました。りんたろうはまだ仕事をしていました。パソコンに向かって、むずかしい顔をしています。
「まぁ、あの子ったら、むりしてるんじゃないかい」
 おばあさんは心配になりました。その時、りんたろうが、ふっとため息をついて、となりで仕事している人に話しかけました。
「今夜はホワイトクリスマスになるかなぁ」
「先輩、ロマンチストっすね」
「なんか、クリスマスになると思い出す味があるんだよなぁ」
「チキンとかですか?」
「いやいや。おふくろの作ってくれたケーキの味だよ。くるみのケーキでさ、おおまかな味だったけど、おいしくておいしくて、腹がパンパンにふくれたなぁ」
「へぇっ。いいっすね。それじゃあ、今夜はコンビニでケーキでも買って帰りますか」
「コンビニにくるみのケーキとか、あるかぁ」
「へへっ。きびしいかもしれないっすね」
 楽しそうに話し合うりんたろうを見て、おばあさんはほっとしました。そして、なんとなく胸が切なくなりました。
(今すぐにでも会って、このくるみのケーキを、とどけてやりたいねぇ)
「おばあさん、その望遠鏡どんなに遠くが見えても、物をとどけることはできないんだ」
 子リスがおばあさんの気持ちがわかったのか、気の毒そうに言いました。
「ははっ。いいんだよ。気ぃつかわせっちゃったね」
 子リスのやさしさに、おばあさんは、また心があたたかくなるのでした。
 望遠鏡がどんどん小さくなって、つまようじくらいの大きさになりました。おばあさんは大事そうに小さくなった望遠鏡を子リスに、わたしました。
「ごめんね、おばあさん。この望遠鏡おばあさんにあげられないんだ。僕が持っているっていうのが、魔法使いさんとの約束なんだ」
 子リスはもうしわけなさそうに、つまようじくらいになった望遠鏡を、ポケットにしまいました。
「いいんだよ、いいんだよ。本当にいい子だねぇ」
 おばあさんが言うと、母リスと子リスはうれしそうに、目を合わせました。
 おやおや、いつの間にかもうずいぶんと、夜がふけているようです。
「おばあさん、今日はほんとうに、ごちそうさまでした」
 母リスがふかぶかと頭を下げました。
「とんでもないよ。私の方こそありがとう。今日は二人の息子にも会えて、良い日だったよ。ほんとうにほんとうに、ありがとう。また来ておくれよ」
「うん、またくるみのケーキ、食べさせて!」
 子リスがはしゃぐと、
「まったく、この子はずうずうしいんだから」
 母リスがこまったように、ほほえみました。
「いつでも待ってるからね」
 おばあさんはそう言って、リスの親子をお見送りしました。
 すっかり雪がふりつもった山の道に、リスの親子はちょこんちょこんと、あしあとをのこしながら帰っていきました。
(何年ぶりだろうねぇ。こんなに楽しいクリスマスは。でも、さびしい時があるから、やさしさもわかるってもんだ。けんたろうとりんたろうも元気そうだし、良かった良かった)
 おばあさんは、その夜、けんたろうとりんたろう、リスの親子や亡くなっただんなさんのことを考えながら、朝までぐっすりと眠りました。
 雪はしんしんと、ふりつもり、おばあさんの寝顔を雪明りが、あたたかく包みました。

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