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怪談か猥談か(深川飯と潮汁)|酒と肴 その三十六

真夜中、声がして目を覚ましたのです。
内容は聞き取れないのですが、クスクス笑う声と微かに動く気配、それと何か舐めるような音が聞こえていました。

寝苦しい夜は窓を開けていると、隣室の会話や、時には悩ましげな声が聞こえてきます。今回もそれだと思い窓に手を伸ばしましたが、部屋の中は涼しく、窓は閉まっていました。あまりに蒸し暑かったので、エアコンをつけて寝ていたのです。

窓が閉まっていたと気付いた途端、恐ろしさで体が強ばります。するとこちらの様子を見ていたかの様に、ぴたりと笑い声が止みました。

ゾッとした気持ちを隠して眠ろうとするほど、耳は敏感になります。暗闇の中、動く気配と、舌を這わすようなぴちゃ、ぴちゃ……という音は、その後も続きました。目が覚めるたび部屋は暗いままで、いつまでも夜が終わりません。

どれだけの時間が過ぎたのか、バイクの音で起こされました。新聞配達のスクーターですから午前4時頃、背中は嫌な汗で濡れています。

果たしてあれは何だったのでしょう。

もうすぐ夜が明ける安心感もあり、喉の渇きを覚え台所へ行くと、そこには砂抜き中のあさりと蛤がありました。あれだけ怖がっていたのは、貝たちがバットの中で動き回る気配と、水を吐く音だったのです。

タネ明かしされればそんなもの、もう恐ろしさはありません。冷蔵庫の冷えた麦茶を飲んで人心地ついていたら、ふと気づいたのです。


「……じゃあ、笑い声は?」


そんな事があったので、あさりと蛤はさっさと料理しました。もう少し砂抜きしたかったのですが、こちらとしては一刻でも早く成仏頂きたいところ。あさりは前から作りたかった深川飯に、蛤は潮汁に仕立てました。

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初めて挑戦した割に美味しく出来た深川飯。あさりから出た旨みのおかげか、食材も調味料もシンプルですが上々の味わいです。時々、砂を噛むことがありましたが、おこげと思ってビールで流し込みました。

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蛤の潮汁は滋味溢れるいいお味。せっかくですから料理酒ではなく、晩酌用の日本酒を使います。当然昼からコップ酒もキメて、料理と飲酒の同時進行。味見を繰り返した結果、身よりも殻の割合が多い不思議な吸い物が仕上がりました。

それにしても、あの笑い声は果たして一体。家の者は寝ていましたので、隣のお部屋のカップルのささやき合う声であって欲しいですが、窓は、閉まっていましたからね。

今日はお盆、そして13日の金曜日。どうやらこの時期は、あなたの知らない世にも奇妙なアウターゾーンが広がっているようです。

怖いので今夜はいつもより早めに、そしていつもより多めに飲んで寝ることにします。

メニューと材料
・深川飯(浅利、生姜、酒、醤油、みりん)
・潮汁(蛤、酒、塩、切り昆布)

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