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暮らす街のクラフトビール|日々の雑記#8

地平線に沈む夕陽が雲の色を変える。一日の終わり、翳りゆく風景を眺めながらビールを飲む、そんな暮らしを手に入れた。

と言えば聞こえがいいけれど、これは単なる”ニューノーマル“による日常の変化。自然豊かな土地に移り住んだ訳でも、見晴らしのいいマンションを購入した訳でもない、あくまで日々についての話だ。



ここ数ヶ月、お店で飲む機会が減る中で知ったのは、私の住んでいる街には小さなブルワリー(ビールの醸造所)があるということ。
もちろんお店の中でもクラフトビールが飲めるし、容器を持っていけば持ち帰ることもできる。
グロウラーと呼ばれる専用の水筒に入れたら、半日ぐらいは余裕で炭酸も冷たさもキープしながら飲み続けられるのだ。


だから在宅勤務が導入されたこの頃は、家での仕事が終わるとビールを買いに出掛けてそのまま外で飲む。

ブルワリー、訪れる時間が早いこともあるのだろうけれど、店内は大体静かだ。
世の中に積もったいくつもの感情に足を取られて、飲食店から遠のいているのは私だけではないのだなと実感する。

小さいグラスで何種類か飲み比べして、気に入ったビールを詰めてもらう。
開け放したドアから見える外はまだ明るい。通勤が当たり前の頃なら、出先からの直帰でもないと飲めない時間帯だ。明るいうちから飲めるのは気分がいいけれど、15分にも満たない滞在時間で店を後にするのにはまだ慣れない。


ビールの分だけ重たくなったグロウラーを持って、駅前からバスに乗る。河川敷に近いバス停で下車して、土手の斜面に作られた急勾配の階段を上りきると、驚くほどに視界が開ける。

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川べりに降りて、一緒に持ってきた折り畳み式のアウトドアチェアを開けば準備は完了だ。

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座面の低いイスは地面からも川面からも距離が近くて、枯れ草の匂いと、心なしか汐の香りが感じられる。
グロウラーのキャップを開け、暮らす街にちなむ名前のエールビールを一口飲めば、柔らかな飲み口の後にホップが爽やかに香る。

空に視線を向ければ、何処かに雨を降らせてきた雲が流れていく。まるで仕事を終えて家路につく人たちに思えてしまうのは、歳のせいでもあり酔いのせいでもある。
感傷的な気分に苦笑いをして二口めのビールを飲む。

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気がつくと夕暮れの空に、どこかの工場から流れるサイレンが響いている。つくつくぼうしの鳴き声は、いつのまにかコオロギに変わっていた。日中は相変わらず猛暑だけれど、秋の気配が近づいている。

太陽が地平線に隠れるのを見届け、最後まで冷たいビールを飲み干し家路につく。暗くなった土手にはコウモリたちが音も無く飛び回り、白かった月は黄色く輝きはじめる。


毎日オフィスに通っていた何ヶ月か前は、いつまでも明るい街に職場の人たちと出掛けることが日常だった。
それが今では仕事終わりに河川敷に腰掛け、当たり前のように一人夕焼けを眺めてビールを飲んでいる。


こんな風にして新しい生活様式が暮らしを変えた。



たくさんの意見と感情が日々更新されていくこのご時勢、正しいひとつを見つけることは無理な話だと分かっている。けれどこの変化のおかげで「暮らす街のクラフトビールを飲む」という日常を得ることができたことは、ただただ嬉しい。

お酒も仕事もいつも正しい答えは見つからないけれど、今のところの最適解で今日も暮らしている。

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