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旅の手帖|日々の雑記#25
旅から帰り、玄関のドアが閉まる時に感じる安堵と寂しさ。
外の光と空気が遮断されるこの瞬間に、旅の終わりと日常の始まりを感じます。
旅は不思議で、思いついた時からまだ訪ねていないその場所に、心のいくらかが錨を下ろす気がしてなりません。
それは帰ってきてからも続いていて、いつか行った風景の中に自分の心だけでなく、共に訪れた人の気持ちがたとえ僅かでも残っているのならば、いずれその事に救われる日が来るのでしょう。
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本棚の奥にあった旅の手帖を読み返してそんなことを思うのは、酔いからくる感傷と思われます。
(旅の手帖。私の場合は行ってみたい場所と実際の旅の記録、訪れた美術館の半券やリーフレットなどの切り抜きで出来ています。子どもの頃『たんけんぼくのまち』が好きで、いくつになってもやることは変わりません)
週末の夜はひと通りお腹が満たされると、後はゆるゆると飲み続けます。そんな時は「つまむもの」もいいですが、つい食べ過ぎて翌朝後悔します。そこで近頃は文庫本など「めくるもの」もアリになりました。
ページを行きつ戻りつしながらグラスを口に運ぶペースは穏やかで、慌ただしかった平日から心を切り替えるのにちょうどいい速度なのです。
ソーダで割ったジンを飲みながらページをめくると、一年前に訪れた戸隠神社のところで手が止まりました。読み返せば奥社に通じる参道の空気が思い出され、胸のすくような気持ちになります。
その頃は長野に暮らしていたので2時間にも満たない散歩の延長のような旅でしたが、目を閉じて去年の新緑の風景に身を置けば、懐かしい人たちの笑顔も浮かんできます。
共に訪れ、飲んだ人たちとはしばらく会えていませんけれど、息災であることを願い心の中でジンソーダを掲げました。
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