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どう生き抜くかへの執着

クレイジーな友達がいる。
夏はサーフィン、冬はスキーと、わざわざアーシングに行かなくても毎週アーシングしている人。遊ぶために仕事をしている人。
そんな彼と初めてサシ飲みをしたときに彼が放ったひとことが、グッと胸にきた。
それは、「どう生き抜くかへの執着」

なにかを変えたい、なにかできるはず、と常に私は思っている。
でも、なにも変わらない。
そうも思ってる。
生き抜くための執着が私にはないなぁと実感させられたひとことだった。

今日は、離婚届提出記念日。
今日で5年経った今は

「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです」

魔女の宅急便のキキのセリフそのままの気持ち。

離婚したころの私は、ひとり暮らしがいやで、夜が怖くて、その時住んでいたおうちがいやで、とにかく安心する場所がなかった。
よく泣いていたし、憂いていたし、誰かにすがりたかった。
だから、自分で開拓した。
自分の足で立てるように、自分で暮らせるように。
なにより、自分といて楽しい自分になれるように。

頑張り屋さんだとよく言われるけど、頑張り屋は長所でもあるが短所でもある。頼れずに頑張り、へこみ、どうしてどうしての繰り返しの毎日。
つらかったな~~

そして、5年後の今日。
出勤前、ドトールによってコーヒーを飲み、ノートを書くという優雅な朝を迎えた。


どうにかしたくて、楽になりたくて、自分の足で立ちたくて、精神的に自立したいとただただ生きてきた。
なにもしていないように感じるけれど、この5年間こそ私が行く抜くことに執着した期間だった。

これからの5年間は、心を開放して、思い通りに行く抜くことを学んでいく。
世界基準でファンキーに生きていく。




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