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家事の到達点


食事が済んでからの、洗い物が嫌いだ。

そんな方、多いんじゃないでしょうか。
私もそのひとりです。
料理はわりと好きな方だと思うんですが、洗い物が大嫌い。
夫が毎日洗い物をしてくれたら、もっと彼のこと好きになるのに。
(共働き時代はジャンケンでその日の担当を決めてみたり、私が時々家事分担についてブチキレ&ふてくされて、無理やりやらせたりしていたのですが…今は私が外に働きに出ていないので、夫は家事は洗い物含め全くやりません。わかる。わかるよ。わかるんだけどなんとなく…イラッとする日もあります。笑)

私が洗わない限りはそのままずっと洗われない可哀想なお皿たち。
そんなお皿たちを救うために、嫌々ながら日々シンクに立つわけです。

せめて自分の中で達成感を得ようと、洗いかごにキレイに乗せるのがこだわり。

大きいお皿を奥から。お皿が小さくなるにつれ手前へ。
それぞれのお皿は、水が切れやすいよう少し斜めに。
お茶碗やお椀は特に、ふたつがぴったり重なってしまうと乾きにくいからうまいこと隙間をあけて。

と、まあ、わざわざ書くほどのことか?ってくらい当たり前のことしかしてないんですけど、比較的お皿の枚数が多かった時なんかは、すごーく積み方を考えてから順番に洗います。

それで、ピシッと片付くと、爽快感があるんです。
ちっさ。って我ながら思いますが、そういう爽快感を積み重ねていかないと、とてもじゃないけどこんなこと毎日やってらんない、というのが正直なきもち。

残念な気持ちになるのは、
お皿たちを美しく洗いカゴに乗せ終わったと思ってふと横を見たら、コンロに小鍋をひとつ忘れていたり炊飯器の中に釜が残ってたりして、それを上からドカッと乗せることになって全体の均衡が崩れる時です。

目的は「上手に積むこと」では無く「お皿を洗い、片付くこと」のはずなんですが、なんだかどうしようもなく悔しくなってしまうんですよねえ。



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