冷やしたグラスに注がれたハイボールと口づけをかわしたい
久しぶりにミナミを歩いたら、全く色が無くてぞっとした。
前の会社に勤めているときはよくミナミで宴会を開いたり、先輩のお気に入りのお店に連れて行ってもらった。
いつも色んな人がまじり合って色んな声や声の聞こえるこの街を、うるさいと思いながら愛していた。
控えめに笑う男女一組の声だけがどこまでも響く。いつもは声なんか消えてしまうくらい人がいて、あちこちでバカ笑いが聞こえるのに。
いつもいつまでも空いていたラーメン屋がシャッターを閉めているのを初めて見た。
死ぬ間際にもう一度見そうな景色だと思った。
飲食店でおかずを買って帰ろうという私の作戦はうまくいかなかった。リピートして行ったことのあるほど好きなお店は軒並み休業していた。気になっていたお店も当然。
暗い中にひとつ原色の明かりが灯っていたので近づくと、行ったことのないタイ料理やさんがひっそり営業していた。
具材をたくさん混ぜてあるものが食べたいと言ったら、本当に様々な野菜とシーフードと春雨が混ざり合った炒め物を作ってくれた。
お兄さんがにこやかにレジの対応をしてくれて、どうして私は仕事中難しい顔しかできないのだろうと反省した。
最近ニキビが増えた。家で鶏の照り焼きばかり食べている生活をしているからかもしれない。
そういや外食をするときは家で食べないおかずや具材、例えばラタトゥイユやたこわさをよく頼んでいたことに気づく。
私の飲べえな習慣は、意外と健康に寄与していたのかもしれない。
私はこの世の、本当に様々なものによって形成され、日々を営み、また助けられていたのだなと気づかされる。
例えば、どんなに面倒な飲み会でも、雑多な揚げ物の盛り合わせに、高さの様々な椅子に、手書きのお品書きに、てきぱき動く店員によって、プラマイゼロ、むしろプラスの出来事として記憶することが出来た。
食べ物以外だって、出かけて、集える場所があるから、見たり聞いたり触れられるものがあるから、心をしぼませずに済むし、人とつながり続ける口実ができるし、忘れたいものを忘れ、覚えていたいものを思い出させてくれた。
全て、私が今の私であるための1ピースだった。
不要不急の外出を止めようというものは、私達は遠回しに、色んな物事、色んな仕事を不要不急だと言っているようなものだ。
でも、不要不急の仕事も、人生も、本当はないはず。どの人の営みだって等しく尊重されなければいけないはず。
なのに、昨日レストランで食べたステーキの味も忘れて、レストランに行くな(それはつまり、レストランを閉じろと言っているようなものだ)と圧をかける人たちがいる。
良い悪いとかを言いたいわけではないが、何だかなぁ、という気持ちになる。
この世で触れるすべてが、必要だから存在していると信じていたい。それに優劣などない。
そうでないと、私たちは何のためにあくせく働いているのだろう。
私たちが稼ぐお金は必要な働きによって生まれている。そう言わないと、この世の色んなものが破綻していく。
私は私が可能な範囲で、見捨てない努力をする。
全てのもの、特に守られにくいもののために声を上げる努力をする。
自分の悲しみとしっかり向き合って、相手の悲しみにもしっかり寄り添って、正しく怒りたいよ。いつだって。
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